トレーニング5「不思議です。アナタのことは鍛えるより癒してあげたい」
「ドーブライ ヴェーチェル! こんばんは! 今日もお願いいたします!」
「――あれ? なんだかお疲れ顔……目の下にクマもくっきり……ウォッカを飲み過ぎた日のうちのおじーちゃまそっくりです……」
「ええっ!? 残業続きでずっと会社に寝泊まりしてた!?」
「それなのに無理して来てくれたんですか……?」
「え? この間、ワタシがこのジムが閉店になるかもしれないって言ってたから?」
「自分が休んだら、ワタシが困ると思って?」
「なんということでしょう……そんなに優しくされたらワタシ……大胸筋がチクンとします……」
「スパシーバ……ありがとう。その気持ちだけでジュウブンうれしいです」
「でも、今日は無理はキンモツ! 身体を壊しちゃ意味がありません! 折角来てもらったけど今日はトレーニングおやすみにしましょう」
「かわりに、今日は特別メニューです。ちょっとこっちに来てください」
アリョーナさんは俺の手を引いて、ジムの奥へと連れて行く。
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扉が開くとベッドが一つ置かれた、まるでエステサロンのような部屋に通された。
なんだか、いい香りがする。
「えへへ、驚きました? ここはリカバリールームです」
「トレーニングした後にこの部屋で筋肉や関節の痛みやコリを治療するんです」
「ワタシ、セラピストの資格も持ってるんです。言ったでしょう、身体を鍛えることと癒すこと、どちらも大事。だから、どちらも出来るトレーナーになりたくて勉強しました」
「さあ、このベッドに横になって。今日は特別にワタシがアナタの身体をリカバリーします」
俺がベッドに横になると、アリョーナさんが腰のあたりに優しく触れてきた。
「まずは腰から……ああ、こんなに硬くなってる……痛い?」
「ごめんネ、優しくするネ。ちゃんと癒してあげるからネ」
「……アナタの身体はファイターと同じです。戦ってる人間のカラダ。こんなにダメージを受けるまで働いて、その上、トレーニングも休まずに来て……」
「ワタシ、アナタのこと心から尊敬します……ワタシが出来ることは何でもしてあげたい」
「不思議です。アナタのことは……鍛えるより癒してあげたくなっちゃいます」
「い、いまのは身体のこと、ですよ! ええと、次はフットケアをしましょう!」
「足つぼマッサージは日本に来てから習いました。東洋医学はとても興味深い分野です。健康のカギは足にアリって言われてるぐらいなんですよ」
「デスクワークでお疲れだろうから……ここかな?」
ベットが大きく揺れる。めちゃくちゃ痛てぇ!
「わわっ! ごめんネ……! 痛かった? 痛かったよネ? 親指は目に聞くツボです。ガンセイヒロウが溜まってたんですネ」
「ここはネ、ヒロウだけじゃなくストレスを感じている時も痛みを感じやすいって言われています……少しでも良くなるといいな……」
「えっ? 気持ちよくなってきた? 良かったぁ」
「ん? そこは全然痛くない? 本当? 左足の真ん中は心臓です。ハートが強いんだ。やっぱりアナタはファイターです!」
「最後はヘッドマッサージ。そうだ、前にアロマオイル使ってもいいですか? リラックス効果が高まるんです」
「ワタシのオススメは、これなんですけどどうですか?」
アロマオイルの小瓶を俺の鼻先に近づける。
「これはラベンダーです。優しくて甘みのある香りがするでしょ?」
「この香り、好きですか? 良かったぁ! ワタシもラベンダーが一番好きな香りです!」
「じゃあ、マッサージしていきますネ。目の上にホットタオルを置きます。このタオルにもアロマをひとシズク……っと」
「じゃあ、痛かったら遠慮しないで言ってくださいネ」
アリョーナさんが俺の頭を優しくマッサージする。めちゃくちゃ気持ちが良くてため息交じりの声がもれる。
「ふふ……気持ちよさそう」
「ラベンダーはネ、ハーブのクイーンって呼ばれてるんです」
「昔は怪我をした兵士の怪我や火傷の手当てに使われていたぐらい、痛みを和らげる効果があるんですって」
「あとネ、心を落ち着かせるリラックス効果もバツグン。緊張や不安もきっと和らげてくれますヨ」
スースーと、寝息が聞こえてくる。
「あ、寝てる……ふふっ」
「…………」
「疲れてるのに来てくれてありがとう……心配になっちゃったけど、でも、顔が見れてうれしかった」
「おやすみ……スパコィナイノーチェ……」
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