59 何ですかっ! 棺桶に片足を突っ込んだみたいな辛気臭い顔はっ!?


「何ですかっ、団長っ! 棺桶に片足を突っ込んだみたいなその辛気臭しんきくさい顔はっ!? 士気にかかわりますからもっとしゃんとしてくださいっ! できないなら、面当てつきの兜でもかぶって顔を隠してはいかがですか!?」


「そうだな……。お前の言うとおりだ……。こんな顔を団員に見せていては、団長失格だな……」


 ドラゴンが接近しているというタンゼスの町へ出発して初日の夕方。


 タンゼスとの中間地点の町の宿で割り当てられた部屋に入った途端、険しい顔で責め立てたロベスに、アルヴェントはがっくりとうなだれた。


 自分が目も当てられない様相だという自覚は十分にある。


 だからこそ、団員達の目がある行軍中は、必死で表情を取りつくろっていたのだが、ロベスにはお見通しなのだろう。


「え……っ!?」


 素直に同意したアルヴェントにロベスが目をむく。


「何も言い返してこられないなんて、本当にいったいどうなさったんですか……っ!?」


 険しい面持ちから一転、心配この上ないといった様子でロベスが詰め寄ってくる。


「あっいえ、フェルリナ様関係だということはわかるのですが……」


 フェルリナの名前が出た途端、がくりと床に膝をついてくずおれる。


「団長っ!?」


 ロベスのあわてふためいた声も耳に入らない。


「やはり俺なんて、口に物でも詰めて話せないようにした上で兜をかぶっていたほうがよかったかもしれん……。いまの俺と比べたら、中身が空っぽの鎧のほうが、静かで堂々としている分、よほどましだろうな……」


「ちょっ!? そこまで言ってませんよっ!? いったいフェルリナ様と何が――」


 問いかけたロベスが何かに気づいたように鋭く息を呑む。


「も、もしや、王妃様に釘を刺されたというのに、フェルリナ様に無体なことを……っ!?」


「フェルリナの同意もなしにそんなことをするわけがないだろうっ!」


 反射的に叫んだアルヴェントは床についた拳を握り込む。


「いやむしろ、そのほうがまだましだったのかもしれん……っ!」


 少なくとも、アルヴェントに裏切られたとフェルリナにあんな顔をさせることはなかったはずだ。


 呻くようにこぼすと、ロベスがすっとんきょうな声を上げた。


「うぇええええっ!? そんなことをおっしゃるなんて、本当に何をなさったんですか……っ!?」


「それ、は……」


 どうしてフェルリナにあそこまでの怒りをぶつけてしまったのか、自分でもわからない。


 クライン王国で受け続けてきた仕打ちのせいだろう。フェルリナが自分の身をかえりみずに人に尽くそうとするところには、ずっと危うさを感じていた。


 もちろん、フェルリナの優しさに騎士団全員が恩恵を受けていることは否定できない。


 だが……。


 ろくに休んでいない青白い顔で古文書を抱きしめていたフェルリナの姿を思い出した途端、ぞくりと肝が冷える。


 アルヴェントを助けるためにフェルリナが無茶をするかもしれないと思うと、胸の奥で凶暴な感情が暴れ回る。


 自分の都合でフェルリナをゴビュレス王国に連れてきた身で、こんなことを言える資格がないのはわかっている。


 だが、自分のせいでフェルリナに無茶をしてほしくない。


「それなのにあんな顔をさせるなんて……。最低だ……っ!」


 フェルリナの泣き顔を思い出すだけで、刃で貫かれたように胸が痛み出す。


 ドラゴンの爪で傷を負わされた時さえ、これほどの痛みは感じなかった。


 大切な存在を傷つけてしまった自責の念で、身も心もばらばらに砕け散りそうだ。


「ロベス……。俺は、変になったんだろうか……?」


 フェルリナを泣かせる気などまったくなかった。


 伝えるのなら、もっと優しく穏やかに諭すつもりだったのに。


 なのに、フェルリナの言葉に、自分でも驚いてしまうほど怒りが抑えられなかった。


「フェルリナ様とお逢いして以来、フェルリナ様が絡んだ時の団長は常に変でしたよ」


 ロベスが身もふたもないことを言ってくる。


「それはわかっている! そうではなくて……っ!」


 口からこぼれ落ちた言葉は、みっともないほどかすれ、震えていた。


「……今度こそ、フェルリナに愛想を尽かされて嫌われただろうか……?」


 今日一日、無意識に目で追っていたフェルリナの姿を思い出す。


 朝、馬車に乗る時、フェルリナは明らかに泣きはらした顔をしていた。


 周りに気を遣わせないようにだろう。食事の時にナレットやチェルシーと他愛のない話をしている時は、笑みを浮かべていたが……。


 憂いに満ちたフェルリナの様子を見るだけで、どれほど心がきしんで痛みを訴えたことか。


 叶うことなら、地にいつくばるでも何でもして、謝罪し、フェルリナの憂いを少しでも払いたかった。


 だが、フェルリナを泣かせた張本人がいったい何を言えるというのか。


 何より、フェルリナの前に出た時に、もう一度、激情に駆られてしまわないという保証がない。


 またフェルリナを傷つけるようなことがあれば、今度こそ自責の念で心臓が潰れてしまうことだろう。


 だからこそ、情けないと思いながら、昨日からずっとフェルリナに声をかけられないでいる。


「お優しいフェルリナ様が、団長に愛想を尽かすなんて、よほどのことがない限り、ありえないと思いますが……」


 お前はフェルリナのあの傷ついた顔を見ていないからそんな暢気のんきなことが言えるんだっ! と言い返そうとしたアルヴェントに、ロベスがさらに追い打ちをかける。


「そもそも、愛想を尽かされるのなら、もっとずっと早くに尽かされてますよっ! それこそ、出逢った時にでも! 団長はわたしが知る中でも屈指で、いかつい見た目で損している人ですからね! フェルリナ様はそんな団長を怖がって忌避きひするどころか、思いやってくださる女神のような御方なんですから……っ! そんなフェルリナ様に嫌われるなんて、よほどのことじゃないとありえませんよっ!」


「そう、だな……。そんな心優しいフェルリナに避けられるなんて……。俺は終わりだな……」


「だ、団長……っ!? ここでふぬけになっているなんて……っ!? あの、フェルリナ様に話しかけることさえままならないのでしたら、このままでは本当に士気に関わりそうですし、わたしからそれとなくフェルリナ様のお気持ちをうかがって、団長が悩んでらっしゃることをお伝えしましょうか……?」


 忠義心にあふれるロベスの申し出に思わず心が揺れる。


 だが。


「いや、いい……。そこまでお前に頼らねばならないほど、俺を情けない男にしないでくれ」


 かぶりを振って立ち上がり、ロベスの提案を退ける。


「フェルリナに愛想を尽かされたのなら、俺がその程度の男だったということだ。フェルリナには何のとがもない。もし、フェルリナが本当に俺を嫌っていて自由になりたいというのなら……。ドラゴンとの戦いが終わったあと、ちゃんと話し合わねばならんな……」


 フェルリナと落ち着いて話し合うためにも、まずはドラゴンをなんとかしなければ。


 ドラゴン戦を控え、何よりも聖女の力を求められているいま、真意を問いただしても、心優しいフェルリナは騎士団やアルヴェントを見捨てられずに当たり障りのない返事をすることだろう。


 ドラゴンさえ倒せば、呪いを解くためにフェルリナを縛りつける必要もなくなる。


 ぱぁんっ! とアルヴェントは己の両頬を手のひらで叩き、気合を入れる。


「イルクに調合を頼んだ毒薬も、出発前に何とか完成までこぎつけられた。今度こそ、三年前の禍根かこんにけりをつけるぞ」


「もちろんですっ!」


 ようやくアルヴェントが持ち直したからだろう。ほっとした様子でロベスが大きく頷く。


 まずはドラゴンを退けないことには、何も始まらない。


 アルヴェントは数日後に控えているだろうドラゴン戦を思い、腑抜ふぬけていた自分を叱咤した。


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