52 クライン王国からの使者


 アルヴェントに率いられた騎士団が巡回討伐から帰還したのは、ポイズントレント戦の二日後だった。


 本来の日程では、帰還はもう少しあとの予定だったが、森に異変が起こっており、ポイズントレントまで現れた結果、討伐を続けるよりも帰還して情報の整理をするべきだという判断になったのだ。


 森の異変がポイズントレントの移動だけによるものなら、すでに原因は排除している。


 だが、そうではない場合、魔物戦における主力である第二騎士団が巡回討伐に出たままでは、事態の急変に対応できない。


 何より、せっかく手に入れたポイズントレントの毒果を対ドラゴン戦のために加工しようにも、ろくな設備も器材もない森の中では不可能だ。


 騎士団から先ぶれを出していたため、予定外の帰還にもかかわらず、王城での受け入れはとどこおりなく済んだ。


 この後、湯浴みで汚れを落とした後、アルヴェントとロベス、フェルリナの三人で王や王妃達に森の異変の報告に行くことになっている。


 騎士団の詰所に入った騎士達が真っ先に群がったのはステータスボードだ。


「どうだ!? レベルアップしているか!?」


「お前はまだレベル上限に達してないだろ! 先にこっちに譲れよ!」


「でも、今回の遠征ではポイズントレントだって倒したし! もしかしたら二レベルアップなんてこともあるかも……っ!?」


「それよりやっぱりレベル上限が解放されてるかどうかだろっ! ほらっ、レベル上限に達してる奴からとっとと鑑定していけ!」


「うぉぉ~っ、緊張する~っ! どうかレベル上限を突破していますように……っ!」


 団員のひとりが祈っているが、フェルリナもまったく同じ気持ちだ。


 先ほどから、団員達が騒ぎながらステータスボードに群がっている姿に心臓の轟きが治まらない。


 フェルリナが本当に『レベルアップ上限解放』の特別な加護を持っているのかどうかが、団員達の鑑定でわかるのだ。緊張しないわけがない。


 アルヴェント達の期待を裏切ってしまうのではないかと、不安と緊張のあまり胃が痛くなる心地を味わいながら団員達の様子を見守っていると、ステータスボードを囲む騎士達からわぁっ! と歓声が上がった。


「やった! レベル上限を突破してる……っ! 半年ぶりのレベルアップだ――っ!」


「おいっ! 鑑定したなら早く代われよ! 次は俺にさせろ!」


「ちょっ、押すなって……っ!」


 騒ぎながらも交代で鑑定した団員達から次々と歓声が上がる。


 口々に叫びが上がるので何を言っているのか正確には聞き取れないが、どうやら皆ちゃんとレベルアップしているらしい。


 ほぅっ、と心から安堵のため息がこぼれる。と、すぐ隣でロベスと今後の打ち合わせをしていたアルヴェントが振り返った。


「やはり、きみは特別な加護を持った聖女だったな」


 包み込むような笑顔に、じんと胸の奥が喜びで熱くなる。


「本当によかったです……っ! これで、もっとアルヴェント様達のお役に立てますね……っ!」


 感動に潤みそうになる声で告げると、アルヴェントがわずかに目をみはったかと思うと、小さく苦笑した。


「何を言う。いまでも、きみはすでに騎士団になくてはならない人物になっている。そのうえ、特別な加護まであるとなれば……。騎士団員達からきみへの崇拝は天井知らずになるな」


「い、いえっ、そんな……っ!」


 おろおろとかぶりを振ったところで、詰所に衛兵のひとりが入ってきた。


 詰所の中を見回した衛兵が、フェルリナとアルヴェントの姿を見ると、ほっとした顔になる。


「まだこちらにいらっしゃいましたか。よかったです。あの、クライン王国からの使者が、フェルリナ様にお会いしたいと来訪されたのですが……。いかがいたしましょうか?」


「クライン王国からの使者だと?」


 フェルリナが応ずるより早く、眉根を寄せていぶかしげな声を上げたのはアルヴェントだ。


 衛兵が緊張した面持ちで頷く。


「左様です。たったいま到着されたところですが、フェルリナ様が遠征からお戻りになられたばかりだと知ると、ぜひともすぐにお会いしたいとおっしゃいまして……」


 ごく自然にフェルリナはアルヴェントと顔を見合わせる。


「何か、クライン王国から使者が来る心当たりはあるか?」


 アルヴェントの問いかけに、フェルリナはふるふるとかぶりを振る。


「いえ、まったく……」


 フェルリナがゴビュレス王国に来てから、まだ十日ほどしか経っていない。旅の期間を含めても一ヶ月ほどだ。


 わざわざ使者を遣わせねばならないほど、重要な用事が自分にあるとは思えない。


 そもそも、クライン王国を出発する時さえ、突然のことで何の引継ぎも、誰の見送りもなかったのだ。


 フェルリナに確かめておかねばならないような大事な用件があるなら、その時に尋ねているだろう。


「ですが、何か急ぎで確認せねばならないことが起きたのかもしれません。ひとまず、話を聞いてまいります」


「待て。俺も一緒に行こう」


 衛兵についていこうとすると、アルヴェントが隣に並んだ。


「遠征から帰ってきたばかりだというのに、話したいと要望しているんだ。本当に重大事が起きているなら、俺も一緒に聞いておいたほうがいいだろう。……言っておくが、遠慮してもついていくからな」


 フェルリナに気を遣わせないためだろう。きっぱりと言を継いだアルヴェントに、ごく自然に笑みが浮かぶ。


「ありがとうございます。アルヴェント様がご一緒でしたら心強いです」


「ロベス、後は任せたぞ」


 ロベスにひと声かけたアルヴェントと連れ立って衛兵についていく。


 詰所を出ると、城門を入ったところに馬から下りて立つ二人の騎士の姿が見えた。

 本当にいま着いたばかりらしい。


「知っている顔か?」


 アルヴェントの問いかけに、二人の騎士をまじまじと見つめる。


「おひとりは何度か遠征にご一緒したことがありますが、もうおひとりは……。王城勤めの騎士のおひとりだと思います。クレヴェス殿下といらっしゃるところを何度かお見かけした気がしますから、クレヴェス殿下の近衛騎士かと思いますが、申し訳ございません、お名前までは存じ上げません」


「クレヴェス王子の?」


 答えた途端、アルヴェントの眉根が寄る。


 歩み寄るフェルリナ達に気づいたのだろう。クライン王国の騎士達もこちらを振り返った。


 第二王子であるアルヴェントの姿に、騎士達が片膝をつこうとする。が、アルヴェントは「そのままでいい」と軽く手を上げて騎士達をとめると、フェルリナの隣に並んで騎士達に相対した。


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