51 頑張った甲斐がありました!


 ナレットの腕には二本の矢が刺さった毒果が抱えられたままだ。


「ナレットさん! チェルシーさん! 本当にありがとうございました……っ!」


 二人が口を開くより早く、深々と頭を下げて礼を言う。


「いえっ、お二人だけではありません! 団員のみなさんにも、どれほど感謝をすればよいか……っ! 危険であるにもかかわらず、ポイズントレントに立ち向かってくださって、本当にありがとうございます……っ!」


 他の団員達にも心からの礼を述べると、団員達があわてたように声を上げた。


「何をおっしゃるんですかっ! ポイズントレントと正面切って戦えたのはフェルリナ様のおかげですよっ!」


「耐毒の魔法がなかったら、たとえ遠くから魔法士達が火の魔法を撃ったとしても、燃え尽きる前に接近されてどうなっていたか……っ!」


「それに、俺達が危なくなった時は、障壁を張って助けてくださったじゃないですか!」


 騎士達が口々に言えば、魔法士達も負けじと告げる。


「そうですよ! いつもはフェルリナ様が頑張ってくださってるんですから、こういう時はわたし達が頑張らないと!」


「魔力が空になりそうなほど魔法を撃って、改めてフェルリナ様のすごさが実感できましたよ! 毎回、戦いのたびに団員全員に魔法を重ねがけしてくださって……っ! それでもけろっと平気な顔をしてらっしゃるなんて、フェルリナ様の魔力はいったいどれくらいあるんですか!?」


「みなさん……っ」


 優しい言葉に、喜びで目が潤みそうになる。


 危険な作戦を提案したフェルリナを責めるどころか、気遣ってくれるなんて。


 なんていい方達なんだろう。


 ナレットがにこにこしながらフェルリナに腕の中の毒果を差し出した。


「よかったですね、フェルリナ様! アルヴェント様のために毒果を手に入れられて!」


「んふ~っ! アタシの妙技をしっかり見てくださいましたかぁ~?」


「はいっ! ナレットさんもチェルシーさんも素晴らしかったです!」


 こくこくこくっ! と満面の笑み頷くと、ナレットとチェルシーの顔がほころんだ。


「フェルリナ様にそう言っていただけるなんて、頑張った甲斐がありました!」


「も~っ、フェルリナ様にそんな笑顔でお礼を言われたら、次も頑張っちゃいますぅ~!」


 ナレットから毒果を受け取ろうとした途端、ひょいと横から伸びてきたアルヴェントの手に奪われた。


「おい、ナレット! フェルリナに危ないものを渡すな! ロベス、これは王城へ帰還するまで、厳重に保管しろ」


 アルヴェントが後ろに控えていたロベスに毒果を渡す。


 ナレットとチェルシーが頬をふくらませた。


「えーっ! それだけですかーっ!? フェルリナ様みたいに褒めてくださいよーっ!」


「あ、それよりぃ、アルヴェント様からは褒賞金をいただきたいですぅ~! 遠慮せずに、たぁ~ぷりでいいですから~!」


「……お前ら、フェルリナと俺とじゃ態度が違いすぎるだろ……」


 アルヴェントが精悍せいかんな面輪をしかめるが、二人はまったく悪びれる様子がない。


「だって、アルヴェント様だって、ロベスさんに褒められるより、フェルリナ様に褒められる方が嬉しいでしょう!?」


「もちろんロベスよりフェルリナに決まっているだろう!? フェルリナの笑顔は値千金だからな!」


「ということはぁ~。アルヴェント様がフェルリナの笑顔に負けないようにアタシ達を褒めようと思ったら、褒賞金しかないってことですよねぇ~?」


「あ、あの……っ」


 どうしよう。ここはやはり、危険な任務を求めたフェルリナが、二人に褒賞金に支払うべきではなかろうか。


 だが、フェルリナが自由にできるお金など、ろくにないに違いない。


「お二人には私のお給金を……っ!」


「フェルリナ!? だめだ! きみが払うなら俺が払う!」


「いえいえいえっ! フェルリナ様からいただくなんて!」


「そぉですよぉ~っ! そんなつもりで言ったんじゃありません~っ!」


 アルヴェントばかりか、あわてた様子で口々に言うナレットとチェルシーの様子に、フェルリナはようやく気づく。


 そうだ。ナレットとチェルシーも、他の団員達も、あれほど勇敢ゆうかんにポイズントレントに立ち向かった一番の理由は。


「ナレットさんもチェルシーさんも、大切に想うアルヴェント様のために、毒果を手に入れたかったんですよね。だから、何よりもアルヴェント様からのお褒めの言葉が欲しいんだと思います。きっと、他の団員のみなさんも」


 長身を見上げ、にっこり笑って告げると、アルヴェントが虚をつかれたように黒い瞳を瞠った。と、傷跡のある頬がうっすらと染まる。


「そ、そんな風に、『大切に想う』なんてきみに言われると……っ」


「ちょっ! アルヴェント様! こっちにまで赤面をうつすのはやめていただけます!?」


 赤面はうつるものなのだろうかとフェルリナは疑問に思うが、ナレットの顔もうっすらと赤い。


「フェルリナ様ったら、もぉ~っ! ……やっぱり、騎士団最強はフェルリナ様ですぅ~」


「えぇぇっ!? あのチェルシーさん、それはどう考えてもアルヴェント様だと思うのですが……っ!」


 チェルシーまで顔を赤く染めて変なことを言い出すのであわてる。


 ぱんぱんぱんっ! と手を叩いて割って入ったのは、毒果を厳重に布でくるんで団員のひとりに託したロベスだった。


「騎士団で最も慕われているのは団長かフェルリナ様かについては意見が分かれるところでしょうが、アルヴェント様がフェルリナ様にはまったく歯が立たないのですから、騎士団最強はフェルリナ様で間違いありません! さあ、無駄話をしていないで、そろそろ後始末の準備を始めますよ! ポイズントレントの毒で辺りの魔物も一掃されたでしょうが、森に飛び火しては大変です! きっちり消し炭になるのを見届けないことには、移動もできません!」


「あ、あの、ロベスさん……?」


 何だかさらりとすごいことを言われた気がする。


 誰よりも慕われているのも、一番強いのも、アルヴェントに決まっているというのに。フェルリナなどが対抗できるわけがない。


 アルヴェントへの言動に遠慮はないものの、誰よりも忠実にアルヴェントに仕えているロベスがそれをわかっていないはずはないと思うのだが。


 が、ロベスが言うとおり、いまは無駄話をせずに後始末にいそしむべきだろう。


 疲れている魔法士達や騎士達にも早く休みをとってもらいたい。


「わかりました。私は何をしたらよいでしょうか?」


 疑問はいったん胸のうちにおさめ、フェルリナはアルヴェント達に指示を仰いだ。


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