50 ポイズントレントの毒果


 攻撃手段を持たない自分を情けなく思いながら、フェルリナは祈るような気持ちで毒果に目をらす。


 もちろん、ただ祈っているだけではない。


「障壁っ!」


 体勢を崩した騎士に襲いかかる根の一本を障壁の魔法で防ぐ。


 フェルリナの呪文に応じて、人の身丈みたけの二倍はあろうかという半透明のうっすら輝く薄い壁が現れ、根から騎士を守った。


 障壁を通じて根がぶつかった衝撃がフェルリナにまで伝わってくるが、かなり軽減されているのでなんということもない。


 障壁を解いた途端、騎士が素早く斧を振るって根を斬り落とす。


 護れたことにほっとする間もなく、素早く次の呪文を唱え、鞭のようにしなる枝に打たれ、傷ついた別の騎士を癒やす。


 フェルリナが団員達を守る間も、魔法士達の攻撃は止むことなく続いている。


 魔法士が放った風の刃が、毒果のそばの太い枝に当たる。


 切り落とすまではいかなかったものの、折れた枝がぶらりとぶら下がり、毒果があらわになる。


 その隙を逃さずチェルシーが矢を射った。


 フェルリナが祈るように見守る中、毒果の上部に見事に矢が刺さり、射られた衝撃で毒果が大きく揺れる。


 だが、まだ枝からは落ちない。


 同時に、ポイズントレントを注視していたナレットが動いた。


 軽やかに駆けながらアルヴェントに叫ぶ。


「団長っ! 足場を!」


「任せろっ!」


 すぐさま応じたアルヴェントが斧を地面に突き刺し、ナレットを振り返る。


 腕を伸ばし両手を組んだアルヴェントが腰を落とす。


 真っ直ぐにアルヴェントに駆け寄ったナレットが、アルヴェントの組んだ手に乗った。


「おりゃあっ!」


 気合いの声とともに、アルヴェントが全身をばねのようにしてナレットを上へ放る。


 ぐんっ! とナレットの身体がまりのように宙を飛ぶ。


 フェルリナが見上げるほどの高さだが、それでもまだ毒果には届かない。


 それどころか、空中で動きが制限されたナレットに唸りを上げて太い枝の一本が迫る。


「障壁っ!」


 まばたきもせずナレットを見つめていたフェルリナは、声を張り上げ障壁を張る。


 ――ナレットの足元に。


 たんっ! と軽やかに障壁に乗ったナレットがさらに高く飛ぶ。間一髪でナレットの足元を太い枝がいだ。


 フェルリナがほっとする間もなく、ナレットの頭上をチェルシーが射た矢が通りすぎる。


 ふたたび射られた毒果が、今度こそ衝撃に耐えられずに枝からもげた。


 空中でナレットがしっかりと毒果を受け止める。


 わぁっ! と団員達から歓声が上がるが、フェルリナはそれどころではなかった。


 ふたたびナレット襲おうとした枝を障壁で弾く。


「おぉぉっ!」


 雄々しい声とともに斧を振るったアルヴェントが、ナレットに伸ばされようとしていた根を断ち斬った。


 空中でくるりと一回転したナレットがアルヴェントのそばの地面に無事に着地した。


「よしっ! 毒果は確保した! 全員退避っ! ロベス、全員が離れたのが確認できたら火の魔法を放つよう指示しろ!」


 ナレットを守って下がりながらアルヴェントが指示を出す。


 アルヴェントの命令にポイズントレントの根元にいた団員達が根や枝から目を離さぬまま、後ろ向きに距離を取る。


 もちろん、ポイズントレントがそれを許すわけがなく、根を蠢かせながら追ってくる。


 しかし、うねる根や枝を避けながら攻撃することに比べれば、退避するだけなら戦い慣れた騎士達に危険はほとんどない。


 フェルリナはいつでも障壁を張れるように見守っていたが、団員達は危なげなく集合する。


「よし、全員そろっているな! 火の魔法を!」


 ロベスの指示に、魔法士達が遠慮なく火の魔法を放つ。


 ぎゃぉぉっ! とポイズントレントが枝を振り回して火を消そうとするが、その間にも、魔法士達がどんどん火の魔法を放つ。


 ずっと魔法を撃ち続けている魔法士達は魔力が減ってきて苦しそうだが、ここが踏ん張り時だ。


 魔力が枯渇してしまうと身体が重くなり、気を失うことさえある。


 魔力回復に効く薬草をせんじたポーションもあるにはあるが、飲んですぐに回復するというわけではない。


 フェルリナがポイズントレントの毒果を得たいと願ったばかりに魔法士達に苦労をかけているのだと思うと、攻撃魔法がない自分が情けなくなる。


 早くポイズントレントが倒れてくれますようにと固唾かたずを呑んで見守る。


 炎の熱気で晩秋とは思えないほど暑いはずなのに、固く握りしめた手は緊張で冷えているほどだ。


 と、不意にぽん、と優しく頭を撫でられた。


 驚いて振り返ったフェルリナを、アルヴェントが頼もしい笑みを浮かべて見下ろしていた。


「それほど心配しなくても大丈夫だ。ここまでくれば、勝利はほぼ確実だ」


 アルヴェントを追ってポイズントレントに視線を戻す。


 ポイズントレントは激しく枝を振り回して炎を消そうとしているが、次々と浴びせられる火が回るほうが早い。


 やがて、ポイズントレントの叫びが弱々しくなり、動きが止まる。


 途端に、わぁっ! と団員達から歓声が上がった。


 巨大なポイズントレントのすべてが燃え尽きるまではまだまだかかりそうだが、枝はすべて焼け落ち、太い幹も表面はすでに真っ黒に焼け焦げている。


 ほっ、とフェルリナが大きく息をついたところで、団員達から喝采かっさいを受けていたナレットとチェルシーが、フェルリナのもとへ小走りにやってきた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る