49 トレント戦開始!


 アルヴェントが立てた作戦は、トレントの進行方向とは逆側の風上から近づき、トレントが旋回せんかいするまでの間に、ナレットとチェルシーを中心に毒果の回収を試みるというものだった。


 奇襲を行う場合は襲撃者の匂いなどに気づかれぬよう、風下に位置どるのが一般的だが、ポイズントレントの場合、風下にいるとそれだけ多くの毒を浴びることになる。


 ポイズントレントはもともと、毒によって弱らせた獲物に枝や根を巻きつけ、養分としているのだという。


 毒については、あらかじめフェルリナが騎士団全員に耐毒の効果を持つ聖魔法をかけることになっているが、なるべく吸い込まないほうがよいに越したことはない。


 また、トレントの移動速度はあまり速くないため、後ろから攻撃したほうが少しでも旋回までの時間稼ぎができるという利点がある。


 とはいえ、もともとトレントは、動いていない限りどちらが前かどうかすらわからない魔物だ。当然、後ろにも枝が生えているため、まったく油断はできない。


 ポイズントレントの移動によって、森の中はなぎ倒された木々の道ができていた。


 さすがに馬を駆って近づくことはできず、少し離れたところで馬から下りると、全員、身を隠しつつ徒歩でトレントの背後から近づいてく。


 巨大なトレントにとっては、人間など犬が猫のようなものだろうが、さすがに二十名以上が移動すれば気配を察したらしい。


 めきめきと木々をなぎ倒す音と地響きを立てながら移動していたポイズントレントが動きを止めたのは、弓矢の射程までもう少しというところだった。


「もう少し距離を詰めたかったが……っ!」


 忌々しそうに舌打ちしたアルヴェントが、団員達に指示を出す。


「散開してトレントの足止めをしつつ、ナレットとチェルシーの援護をしろっ! 最優先は毒果の回収だっ! 魔法士達は合図を出すまで火の魔法は使うな! 土の魔法で足止めするか、風の魔法で枝を落とせっ! ただし、毒果を落とすのはいいが、果実自身を傷つけないように気をつけろよ!」


 アルヴェントが手に持っているのは愛用の大剣ではなく、無骨なおのだ。


 森の巡回討伐では、倒木にぶつかることも多い。そのため、騎士団の荷物の中には斧も含まれている。


 いっせいにポイズントレントに向かって走り出した騎士達に、ポイズントレントが反応する。


 ぎゅおぉぉぉっ!


 警戒音なのか雄叫おたけびなのか、枝葉をこすりあわせるような異音が響く。


 同時に、ざわざわと枝葉を揺らしながら、ポイズントレントが振り向こうと動き出した。


 ポイズントレントが振り返る前に接近しようと、アルヴェントを先頭に団員達が走る。


 呪文を唱えたフェルリナは、団員達全員を範囲におさめ、耐毒、防御力アップ、攻撃力アップと次々と呪文を重ねがけしていく。


 アルヴェントがポイズントレントに辿り着くより先に、茂る枝葉に直撃したのは、魔法士達の魔法だった。


 風や氷の刃が枝葉を斬り裂く。


 毒々しい緑色の葉が雪のように舞い落ち、斬られた枝が落下した。


「いいぞっ! その調子で枝を落とせっ!」


 前に出たアルヴェントの代わりに後方のフェルリナのそばで指示を出すロベスが声を上げる。


 だが、ポイズントレントもおとなしくやられてはいない。


 ざわざわざわっ! と茂る枝葉が風もないのに大きく揺れる。


 かと思うと、うねる蛇のように枝葉が伸びた。


 むちのようにしなる枝葉が、氷の刃を叩き落とす。


 毒々しい緑色の葉が舞い散るが、先ほどのように枝までは落ちない。激しくうねる枝に、魔法士達も狙いを定めかねているようだ。


 うごめいているのは枝だけではない。根っこもまたアルヴェント達を迎撃するべく、うねうねとのたうつ。


 土魔法が得意な魔法士達が土を固めて動きを止めようとするが、ポイズントレントほどの大きさと質量では無理なようだ。


 ぼごっ、と根を固めていた土のかたまりが鈍い音とともにが崩れ、土砂が吹き飛ぶ。


 駆け寄る騎士達に土がぱらぱらと降りそそぐ様子を見たロベスが声を張り上げた。


「根は団長達に任せておくように! 魔法士達は枝に攻撃を集中しろ!」


 ロベスの指示に、魔法士達が枝払いに集中する。


 その時にはすでにアルヴェントがポイズントレントに接近していた。


 人の胴よりも太い根が土くれをき散らしながら振るわれる。


 フェルリナは思わず息を呑むが、鎧を着ているとは思えないほど俊敏に動いたアルヴェントが身を低くして根をやり過ごすと、別の根に斧を振るった。


 攻撃力アップの効果か、太い根が一刀両断される。


 同時に、切られた根から濁った緑色の霧のようなものが噴き出した。


 ポイズントレントの毒の樹液だろう。


 耐毒の魔法で防げるかどうか。


 もしフェルリナの魔法を超えるようならすぐに解毒の魔法をかけねばと呪文を唱えつつアルヴェントの様子を見守っていると、別の根に斬りかかりながらアルヴェントが団員を励ますように声を上げた。


「耐毒の魔法で毒は十分に防げるぞっ! ポイズントレントの毒を恐れる必要はないっ!」


 アルヴェントの言葉に団員達が喜びの声を上げる。


 フェルリナも心の底から安堵の息をつく。

 が、まだまだ油断はできない。


 毒の脅威はなくなっても、鞭のようにしなりながら襲いかかる太い枝や根は、かすめただけでも怪我を負いかねない。まともに当たればただではすまないだろう。


 足場の悪い中で戦う騎士達は、襲いかかる根だけではなく、頭上からも襲ってくる枝にも注意を向けなくてはならない。


 魔法士達が枝に攻撃を集中しているが、枝の数を減らすのはなかなか難しいようだ。


 運よく落とせたとしても、騎士達は頭上からいつ落ちてくるかもわからない枝も避けなければいけない。


 毒々しい緑色の木の葉を雪のように舞い散らしながら枝を振り乱すポイズントレントは、遠目に見るとそこだけひと足早く吹雪がきたかのようだ。


 トレント全体に毒の成分が含まれているのだろう。辺りには緑色の霧がうっすらと立ち込め、耐毒の魔法を持たない者が足を踏み入れればたちまち毒に侵される空間と化している。


 毒を中和しすぎて万が一効果が切れては大変だと、フェルリナは呪文を唱え、騎士団全体に耐毒の魔法をさらに重ねがけする。


 ポイズントレントはすでに半分ほど転回を終えつつあった。


 的確に騎士達を狙う動きを見る限り、動物とは異なり、後ろ向きでも攻撃に支障はないようだ。おそらく知覚が動物とはまったく違うのだろう。


「毒果が見えてきたぞっ! 落とすのはいいが毒果自身を斬り裂かないように注意しろ!」


 ずいぶん葉が落ちた枝の隙間から、幹の近くの枝に実る毒果が見え始める。


 まるで血を煮凝にこごらせたような赤い実は、人の頭より大きいだろう。


 目的のものを見た団員達の士気が上がる。


 いままで待機していた弓が巧い団員達が、枝葉の間からのぞく毒果を狙って矢を射始める。


 その中にはチェルシーの姿もあった。


 対して身の軽いナレットは革鎧を着て、ぎりぎり根が届かない位置でポイズントレントのそばに待機している。


 せっかく実を落としても、落ちて割れたり、根に踏まれて潰れたりしては使いものにならない。


 そのため、アルヴェント達、重装備の騎士達がポイズントレントの注意を引いている間に回収する作戦だ。


 毒果はふつうの果物とは比べものにならないほど大きいとはいえ、ポイズントレント自体が巨大なため、実っている位置がかなり高い。


 しかも幹に近い枝葉の茂る奥にあるうえ、枝が激しく動いているので、狙うだけでもたいへんそうだ。


 だが、毒果を得るためにわざわざ接近戦を挑んでいるのだから、なんとしても手に入れなくては。


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