48 俺はそんな無謀な作戦を許可するつもりなどないぞっ!


「もーっ、団長ったら! フェルリナ様を泣かせたりしたらサイテーですよ!」


「そ~ですよぉ~。も~っ、何のためにアタシ達がいると思ってるんですかぁ~」


 驚いて振り返ったフェルリナの目に飛び込んだのは、不敵に笑う二人の姿だ。


 ナレットは革鎧に片手剣を腰にき、チェルシーは同じく革鎧だが、手には弓を持ち、背中に矢筒を負っている。


 ナレットが挑発するように唇を吊り上げた。


「どう考えても、団長より私のほうが、木登りに向いてますよ!」


「ナレットの言うとおりですよぉ~。何より、団長にはポイズントレントの真正面で動きを止めてもらわないとぉ~」


「待てっ、お前ら! 俺はそんな無謀な作戦を許可するつもりなどないぞっ!」


 ナレットとチェルシーの言葉に、アルヴェントが目を怒らせる。


 だが、アルヴェントの剣幕にも二人は一歩も引かない。


「もちろん、団長みたいに馬鹿正直にトレントに登るつもりなんてありませんよ!」


「そんなことを考えるのは団長くらいですぅ~」


「あ、あの、最初に登ると言ったのは私で……っ」


 アルヴェントに冤罪えんざいを着せてはとあわてて口を挟むが、ナレットとチェルシーは取りあわない。


 チェルシーが手にした弓の弦を軽く引く。


「そもそも、トレントに登らなくても、アタシがこの弓で毒果を射落としますよぉ~。それをナレットが回収したら、後は火の魔法でちゃっちゃと燃やしちゃえばいいじゃないですかぁ~」


「そうですそうです! 私とチェルシーにお任せください!」


「だが、相手はふつうのトレントではないんだぞっ!? どれほどの毒を持っているのかもわからんというのに……っ!」


「その点はフェルリナ様がいてくだされば大丈夫ですよ!」


「団長だって、ポイズンスクワールでのフェルリナ様のお力を見たじゃないですかぁ~。フェルリナ様のお力があれば、ポイズントレントの毒だって、解毒してくださるに決まってます~!」


「はいっ、もちろん……っ! 何があろうと、ナレットさんとチェルシーさんを護ってみせます……っ!」


 二人がこんな風に言ってくれるのは、フェルリナの気持ちをんでくれたからに他ならない。


「ナレットさん、チェルシーさん! ありがとうございます……っ!」


 感謝の気持ちを少しでも伝えたくて、深々と頭を下げると、二人があわてた声を上げた。


「フェルリナ様っ、どうかお顔を上げてくださいっ!」


「そうですよぉ~。まだ、団長の許可が下りていないんですからぁ~」


 二人の言葉に、顔を上げてじっとアルヴェントを見上げる。


 フェルリナだけではない。ナレットとチェルシー、さらにはロベスまで一緒だ。


 四人で穴が開くほどじっと見つめていると、ややあって、アルヴェントが根負けしたほうに乱暴に髪をかき乱した。


「フェルリナはともかく、お前達までそんな目で俺を見つめ続けるなっ! 特にお前だ、ロベス! 言いたいことがあるのならはっきり言えっ!」


「あ、フェルリナ様はいいんですね!」


「も~っ! 団長ったらナニを考えているんですかぁ~?」


「お前ら! 叩き出すぞっ!」


 にまにま笑うナレットとチェルシーに顔を赤く染めたアルヴェントが怒鳴るが、二人の笑みは変わらない。


 ロベスもなんら痛痒つうようを感じた様子もなく淡々と応じた。


「いえ、わたしが雄弁に語るよりも、フェルリナ様がじっと見つめるほうが効果的だと思いまして」


「お前ら……っ!」


 アルヴェントが身体中の空気を吐き出すように吐息した。


「わかった。そこまで言うなら試すのに否はない。ドラゴンとの戦いで有利になれるのなら、望むところだ。だが、利益より危険のほうが上回ると判断した時は、すぐに中止して火の魔法での討伐に切り替える! いいなっ!?」


「は、はいっ! ありがとうございます……っ!」


 アルヴェントから下りた許可に声を震わせて礼を述べると、ナレットとチェルシーからはずんだ声が上がった。


「さすが団長! ご英断ですっ!」


「フェルリナ様、よかったですねぇ~!」


「いえ、ナレットさんとチェルシーさんのおかげです! 本当にありがとうございます! 私、お二人のことをしっかりお護りしますっ! もちろん、他の皆様も!」


 心からの感謝とともに力強く告げると、周りの騎士達からも歓声が湧き立った。


「フェルリナ様、頼りにしています!」


「フェルリナ様がいてくださったら百人力ですよ!」


「いいところを見せますから、ばっちり見ててくださいねっ!」


「フェルリナ様には決して魔物を近づけさせたりしませんから、ご安心くださいっ!」


「……これは、団長の俺より人望があるんじゃないか……?」


 口々に上がる騎士達の言葉に何と応じればよいかわからず戸惑っていると、隣に立つアルヴェントがぼそりとこぼした呟きが耳に届き、さらに焦る。


「とんでもないことですっ! 皆様が賛成してくださったのは、アルヴェント様のために他なりません! ドラゴン戦で少しでもアルヴェント様が有利になるように、と……っ! ですから、誰よりも人望があるのはアルヴェント様ですっ!」


 ぶんぶんぶんっ、とかぶりを振り、隣のアルヴェントを見上げると、苦笑が返ってきた。


「団員達に尋ねたら、まったく別の言葉が返ってきそうだがな。まあ確かに、聖女の名にふさわしい慈愛と言動に満ちたきみのそばにいれば、心酔するのも当然か……」


 納得したように誰にともなく呟いたアルヴェントが、表情を検めると団員達を見回し、鼓舞こぶする。


「いつものトレント戦とは異なるが、基本は同じだ! 全員、無事に帰るぞっ! そのために、作戦のすり合わせをする!」


 アルヴェントの言葉に騎士達が力強く応じる。


 トレントが起こす地響きは少しずつ近づいてきているが、まだ少し距離がある。


 たとえ向かってきているのがこちらでなくとも、ポイズントレントが人里に向かえば、人にも家畜にも大きな被害が出る。


 何としても森の中で討伐しなければならない。


 アルヴェントが何人かの騎士達にくわしい状況を探ってくるよう、偵察を指示し、ロベスや主だった騎士達を集め、作戦を練り始める。


 フェルリナもまた、自分の願いに応じてくれたナレットやチェルシー達をのみならず、騎士団全員を護るべく、作戦会議に加わった。



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