36 拝謁の儀はつつがなく


 三日後、フェルリナが国王や王妃達に拝謁する儀式は、つつがなく終了した。


 急な日取りだったため、王城の謁見の間に列席した貴族の数はさほど多くなかったが、どの貴族達も、久方ぶりにゴビュレス王国に現れた聖女に期待をかけていることがありありと感じられた。


「たとえクライン王国から聖女を引き抜くことになったとしても、我が国が聖女を得られたのは喜ばしいことだ」


「あちらにはまだひとり聖女が残っているのだろう? 魔物達を食い止めているのは我が国なのだ。片方の聖女をよこしたとて罰は当たるまい」


「左様。しかも、第二王子の妃として遇するのだから、文句はなかろう。クライン王国には感謝してほしいところだ」


「聖女を得るために、クライン王国との話し合いではかなり譲歩したと聞いたがな……。だがまあ、殿下のあのお顔を見れば……」


「うむ。ドラゴンを撃退して以来、いっとき荒れてらっしゃったからな……。あのようにほがらかなお顔をされているのは久々だ。それだけでも、聖女を花嫁として迎えた価値があろう」


 謁見のあと、次々と挨拶に来る貴族達をアルヴェントの隣に立って応対しながら、フェルリナは周りの貴族達の囁きに耳をそばだてていた。


『聖女とはいえ、あんな貧相な娘が第二王子の妃になるなど……っ!』


 という声が聞こえてきたらどうしようかと不安におののいていたが、幸い、ゴビュレス王国では『聖女』というだけで好意的に受け入れられているらしい。


 やはり、魔境に直接接しているゴビュレス王国と、そうではないクライン王国では、聖女への期待などが異なるのだろう。


 それはつまり、これからのフェルリナの働き次第で、貴族達に認められるかどうかが変わるということに他ならない。


 いや、フェルリナだけではない。フェルリナを妻として迎えてくれたアルヴェントの評価にも関わってくることだろう。


 アルヴェントは自分のことを強面で令嬢達に忌避きひされていると卑下していたが、貴族達の反応を見る限り、武勇に優れたアルヴェントへの評価はかなり高いらしい。


 フェルリナのせいでアルヴェントの名声落とさぬためにも、聖女としてしっかり努めなくては、と心を新たにしていると、貴族達の挨拶が途切れたところで、


「疲れたか?」

 とアルヴェントに気遣わしげに問われた。


「いえ、大丈夫です」


 緊張しすぎて自分が疲れているかどうかすらわからないありさまだが、アルヴェントに気を遣わせたくない一心で、ふるふるとかぶりを振る。


「もう少しすれば、貴族達も退出する。だが、つらいようなら教えてくれ」


「ありがとうございます。ですが、大丈夫です」


 アルアルヴェントに心配をかけぬよう、にっこりと微笑む。

 

 フェルリナを見下ろすアルヴェントの黒い瞳はどこまでも優しい。


 このアルヴェントが一時期は荒れていたというのか。


 先ほど聞こえてきた貴族達の囁きのひとつがフェルリナの耳の奥にこびりついている。


 ドラゴンを撃退した時期というのは、アルヴェントが怪我と呪いを負った時に違いない。


 ゆうべ、呪いのことをフェルリナに打ち明けてくれたアルヴェントの様子を思い出す。


 右隣に立つアルヴェントを見上げると、左頬に走る黒紫の傷が見えた。


 どれほど治癒魔法をかけても治らなかったというドラゴンにつけられた傷。それは、左頬だけではなく、身体のあちこちにあるのだという。


 フェルリナが聖古語の書物を読み始めたのは、まだ三日前だ。だが、そこに書かれているのが正しいのだとすると……。


「フェルリナ? やはり疲れたのではないか? そろそろ退出するか?」


 心配そうに声をかけられ、考えに沈みかけていたフェルリナはあわててかぶりを振る。


「だ、大丈夫ですっ! その……っ」


 考えていたことは、いまここでは決して口に出すわけにはいかない。


「そのっ、皆様の期待を裏切らないように、明日からの遠征でしっかり役立たないと、と考えていただけで……っ!」


 明日から、アルヴェント率いる騎士団と数日の遠征に出ることになっている。


「このあと、ロベスさんからくわしい話を聞けたりするでしょうか?」


「ロベスと? 知りたいことがあるのなら、俺に聞いてくれればいい。団長は俺なのだから、ロベスの手を煩わせずとも俺に直接聞いてくれ」


「は、はい……。そうですね。遠征前でお忙しいロベスさんにこれ以上ご迷惑をおかけしてはいけませんよね……。申し訳ございません」


 アルヴェントが今回のお披露目の準備で時間をとられた分、副団長であるロベスの負担は大きくなっているに違いない。


 そんなロベスの時間をフェルリナが奪いたいなんて、わがままでしかないだろう。


 わずかに声が低くなったアルヴェントにあわてて詫びると、


「い、いや、そうではなく……」

 と焦ったような声が降ってきた。


「俺が言いたいのは、その、今回の遠征は大規模なものではなく、俺が不在にしていた間の状況の確認が主な目的だから、心配はいらないということだ。緊張する気持ちはわかるが、気負う必要はない。大丈夫だ。俺もついている」


「ありがとうございます……」


 気遣ってくれるアルヴェントに、素直に礼を言う。


 本当はロベスに尋ねたいことは、遠征のことではなく別のことなのだが……。


 そのことをアルヴェントには知られたくない。


 遠征に行けば、きっとロベスと二人で話せる機会もあるだろうと、フェルリナは不安をなだめるべく自分に言い聞かせた。


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