35 【幕間】騎士団長の報告


「だが」


 顔を喜色に輝かせたイーメリアに、クレヴェスは笑顔で釘を刺す。


「ゴビュレス王国は遠い。フェルリナが戻ってくるまではまだかなりの時間がかかる。それまでは、きみに聖女の役目を果たしてもらわねば。……考えてごらん。フェルリナが泣いて帰ってきた時に、騎士団全員がいままで以上にきみに心酔している姿を。『さすが未来の王太子妃だ』『やはり素晴らしい加護の持ち主だ』と褒めそやされるきみの姿をフェルリナに見せておくことは、自分の立場をフェルリナに叩き込むうえでも、有用だと思うんだけれどね?」


 クレヴェスの言葉に、イーメリアが考えを巡らせる顔つきになる。


 ややあって、綺麗に口紅を引いた唇が笑みの形を描いた。


「確かにそうね。自分がどれほどみじめな聖女なのか……。私の足元にも及ばないということを、ちゃんとわからせておかなくてはね」


「ああ、そのとおりだ」


 満足して頷いたところで、廊下の外から、騎士団長が訪問してきたと報告が入る。


 遠征を嫌がるイーメリアの説得をしてほしいと請願しに来たのかもしれない。


「ではいいね、イーメリア」


「わかりましたわ。ですが、先ほどおっしゃったことはちゃんと叶えてくださらなくては嫌よ! あんな待遇の悪さでは、聖女の御業みわざを使おうにも使えないもの!」


「ああ、騎士団長にも、わたしから重々言っておこう」


 侍従が開けた扉の向こうに立つ騎士団長に冷ややかな視線を向け、「ふんっ!」と、つんと鼻を上げて立ち去るイーメリアを見送り、代わりに騎士団長に入室を許可する。


 扉が閉まった途端、クレヴェスは騎士団長に事務的に告げた。


「騎士団長。イーメリアが遠征での待遇にひどく不満を持っている。改善されない限り、二度と遠征には行きたくないと。レベルアップ支援の加護を持つ聖女が遠征に参加してくれる利は、きみも承知しているだろう? イーメリアがこれ以上、機嫌を損ねないように待遇を改善してくれ」


「そ、その、殿下。イーメリア様のことなのですが……」


 騎士団長がクレヴェスの言葉に応じず、うろたえた様子で口を開く。


 本来なら不敬だと叱責するところだが、騎士団長にはこれからイーメリアの機嫌をとってもらう必要がある。


 クレヴェスは「何だ?」と鷹揚おうように続きを促した。


 が、騎士団長は言葉を探すかのように視線を揺らすだけで口を開かない。


「団長、用があるのなら、手早く済ませてくれ。わたしも暇な身ではないのだ」


 やや言葉に険を込めると、騎士団長がぴしりと背筋を伸ばした。


「も、申し訳ございません。その……っ、どうかご気分を害さずにお聞きいただきたいのですが……。団員達の間から、イーメリア様への不満の声が上がっておりまして……」


「イーメリアだけ、待遇がよすぎるという不満か? だが、彼女はクライン王国唯一の聖女なのだ。単なる団員達と別格の待遇になるのは当然だろう。それをいさめ、納得させるのが団長であるそなたの役目だろう」


「いえ、そうではなく……っ! 確かに待遇の問題もあるのですが、そちらは些末さまつなほうでして……っ!」


 額に汗を噴き出しながら答える団長に、クレヴェスは眉根を寄せる。


「では、何が問題だというのだ? 加護なしの役立たずではなく、イーメリアが遠征に出るようになって、団員達は感謝しているのだろう?」


「いえ……っ。それが、正反対でして……。たとえ加護なしであろうと、フェルリナのほうがよかったと、何人もの団員が不満を訴えているのです」


「どういうことだ!?」


 思わず声を荒らげる。


「いままでずっと、フェルリナは役立たずた、ちゃんとした加護をもったイーメリアに遠征に同行してほしいと訴えていただろう!? それを、勝手な……っ!」


「で、ですが、イーメリア様の聖女としての力量は、フェルリナの足元にも及ばないのです……っ!」


 クレヴェスの怒りに騎士団長があわてた様子で説明する。


 いままでの一泊だけで大した魔物も出てこない王都近郊の遠征では、イーメリアの能力でも十分だったが、レベルの高い魔物が出てくる遠征では、戦闘に慣れていないイーメリアは恐慌に陥り、足手まといでしかなかったこと。


 支援魔法での強化具合もフェルリナがかけるものより数段劣っているばかりか、フェルリナなら一度で騎士団全員に魔法をかけられたというのに、イーメリアは効果範囲が狭く、何度も呪文を唱えねば全員にかからぬため、戦闘で足並みがそろわず、騎士達の動きに乱れが出たこと。


 しかも、戦闘後に負傷者の治癒を行ってもらおうとしても、イーメリアは支援魔法だけで魔力切れを起こしてしまい、回復するまで負傷者はポーションでしのぐしかなかったこと、など……。


「騎士達は命懸けで魔物に対峙しています。聖女様の聖魔法は、命に直結してくるのです。それゆえ、騎士達の中には、レベルアップ支援の加護がなくてもよいから、フェルリナに戻してほしいという声が噴出しておりまして……っ!」


「勝手極まることを……っ!」


 騎士達の身勝手さに、思わず歯を噛みしめる。


「戦闘に慣れていないのは仕方がないだろう!? 二、三度と遠征に連れていけば、イーメリアも慣れるはずだ! 団員達はその程度も待てんのか!?」


「わたしも、そのように説明してひとまずは団員達を納得させました。ですが……」


「何だ? まだあるのか?」


 不機嫌に続きを促すと、騎士団長が深々と頭を下げた。


「申し訳ございません。これはわたしが至らなかったのですが……。イーメリア様は明らかにその……。フェルリナより、レベルが低いようなのです。とはいえ、わたしもフェルリナのレベルは知らないのですが……」


「なぜ知らない!? 団員達のレベルを把握しておくのは、騎士団長の役目だろう!」


「面目もございません。ですが、レベルが討伐できる魔物と直結する騎士達と異なり、聖魔法をかけるだけの聖女は、レベルを知らずとも支障がなかったもので……。ですが、現在7レベルのイーメリア様と比べ、フェルリナはかなりレベルが上だったようなのです。騎士達がフェルリナを望むのも仕方がないことかと……。いくらレベルアップ支援の加護があっても、五体満足で生きて戻らねば、騎士の道が閉ざされてしまいますので」


「馬鹿な……っ! あの役立たずがそれほど高レベルだと……っ!?」


 聖魔法をかけることはできても、魔物を倒す手段を持たない聖女のレベルは一般的に上がりにくいと言われている。


 だが、言われてみれば、ほとんど遠征に同行しないイーメリアと違い、フェルリナはほぼ遠征に出ずっぱりだった。


 イーメリアよりレベルが高くても何も不思議ではない。戦闘での立ち回りもイーメリアよりくわしかっただろう。


「加護なしの役立たずでも、それなりに役に立っていたということか……」


 いまになって初めて、惜しかったと悔やむ。


 フェルリナがこれほど役に立つのなら、先ほど考えたように、ゴビュレス王国に売り払うのではなく、貸し出して、何年にも渡って賃料を取ることを考えるべきだった。


「団長。フェルリナと仲のよかった騎士は誰だ?」


 クレヴェスの問いに、団長が不思議そうに首をかしげる。


「フェルリナと、でございますか?どうでしょうか……。特に仲のよかった者はいないと思いますが……」


「ならば、誰でもよい。ゴビュレス王国に騎士を遣わせろ」


 先ほど、イーメリアと話していた内容を簡潔に伝えると、騎士団長が目をむいた。


「そ、それは……っ! ゴビュレス王国との外交問題に発展するのではございませんか……っ!?」


「何を言う? フェルリナは我が国で生まれ、何年にも渡って働いてきた聖女なのだ。嫁ぎ先で幸せにやっているか、様子を見ようと考えても、何も不思議はないだろう? その上で、フェルリナがどんな判断をくだすのか……。それはフェルリナの『自由』だ」


 ……そう、たとえ派遣した騎士がフェルリナに戻ってきてほしい一心で彼女をさらったとしても、クライン王国にさえ戻ってくれば何とかなる。


 どうせ、ゴビュレス王国でもフェルリナは役立たず扱いされているに違いないのだから。


 フェルリナが戻ってくれば、イーメリアの機嫌をとって遠征にやらなければならない事態もなくなるだろう。


「ああ、戻ってきたら、『役立たず』の呼称くらいは変更してやるか」


 はん、と吐き捨てるように鼻を鳴らし、クレヴェスは騎士団長に退室を命じた。


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