37 ゴビュレス王国での初めての遠征
かろうじて荷馬車が通れるほどの土の道を進む馬車の揺れはひどい。
だが、フェルリナは古文書を抱えるようにして窓から射し込む明かりで古文書を読み進めていた。
フェルリナがアルヴェント率いる騎士団の遠征に同行して、もう三日目になる。騎士団はいま、魔境にほど近い森の中の巡回路のひとつを進んでいた。
他の騎士達が馬なのに対し、フェルリナが馬車に乗っているのは、あまり馬術が得意ではないためだ。加えて、アルヴェントに無理をしないようにと諭されたためでもある。
『初めての場所を慣れない馬で進むのは、それだけで消耗するだろう? 何より、聖女であるきみは癒やしの要だ。きみの安全がひいては騎士団の安全につながるのだから、馬車に乗っていてほしい』
と。自分だけ馬車に乗って楽するのは申し訳ないと思っていたフェルリナだが、アルヴェントにそんな風に言われたら、頷くしかない。
せめて、馬車に乗っている時間を有意義に使おうと、
「アルヴェント様……」
無意識に古文書のページを握りしめそうになったフェルリナは、はっと我に返ってあわてて優しくページを撫でる。貴重な古文書を傷めてしまっては大変だ。
だが、抑えきれぬ不安についつい唇を噛みしめてしまう。
ロベスがアルヴェントの呪いを解くために、調べている古文書。
しかし、読み進めれば読み進めるほど、そこに書いてある内容は……。
胸の中に渦巻く不安を吐き出すように、溜息をついた途端。
ざわり、と森がざわめいた気配を感じ、フェルリナは耳をそばだてた。
同時に、木の葉が不自然に揺れる音を捉えたと思った瞬間、窓の向こうを黒い影がいくつかよぎった。
「襲撃っ! 右側方からですっ!」
ロベスの叫び声に、馬のいななきがかぶさる。フェルリナの乗っていた馬車が大きく揺れて急停止した。
「ポイズンスクワールだ!」
誰かの声にアルヴェントの声が重なった。
「団員は全員、弓に持ち替えろ! 口に布を巻け! 毒を吸い込むなっ!」
『毒』という単語を聞いた途端、フェルリナは古文書を脇に押しやり立ち上がる。
フェルリナはポイズンスクワールと遭遇したことはない。
だが、幸いにも遠征前にアルヴェントから、遠征で遭遇する可能性のある魔物について教えてもらったばかりだ。
ポイズンスクワールはさほど強い魔物というわけではないが、飛膜の内側に毒腺があり、滑空しながら敵に上から毒を
毒は無味無臭のため、風に乗って上空から撒かれる毒に気づかずに大量に吸い込んでしまい、気がつけば身体が動かなくなっていることもあるのだという。
フェルリナは耐毒の呪文を唱えながら馬車の扉を押し開け、外に飛び出す。
「フェルリナ様っ!? 危険です!」
「馬車の中にいらしてください~っ!」
馬車のすぐ隣を護衛してくれていたナレットとチェルシーが驚愕の声を上げるが、無視して周囲を見回す。
さすがアルヴェントが率いる精鋭の騎士達だ。
すでに弓に持ち替えた騎士達が小型犬ほどの大きさのポイズンスクワールに矢を射かけ、魔法士達が風の魔法で毒粉を吹き散らそうとしている。
全員を効果範囲におさめるようにしながら、耐毒の魔法を発動させると、声を張り上げる。
「耐毒の呪文をかけました! 続いて念のため解毒の呪文もかけます! もし何かあっても、私が解毒しますから安心してくださいっ!」
必要なことを伝え、すぐさま解毒の呪文を唱える。毒への対策を終えたら、次はいつものように防御力アップと攻撃力アップの呪文だ。
フェルリナの言葉に、魔法士達の風の魔法が毒を散らすのではなく、ポイズンスクワールへと放たれる。
「一匹も逃すなっ! 逃げられて村まで行かれると厄介だ!」
怒鳴ったアルヴェントの矢が一番遠くにいた個体の胴体を見事に射貫く。
ポイズンスクワールの突然の出現に驚いた団員達だが、最初さえしのげば百戦錬磨の騎士団の敵ではない。
混乱がおさまった騎士団は着実に一匹ずつ数を減らしていった。逃げようとする個体も確実に仕留めていく。
四半刻もしないうちに、十数匹いたポイズンスクワールは、すべて地面に撃ち落とされてこと切れていた。
「フェルリナ! 助かった……っ! 怪我はしていないか!?」
ポイズンスクワールが全滅した途端、アルヴェントがあわてた様子で駆け寄ってくる。
「は、はいっ! 大丈夫です! それより、ちゃんと解毒はできたでしょうか!? 私、ポイズンスクワールと遭遇したのは初めてなので……」
「そうなのか!?」
驚いたように目を瞠ったアルヴェントが、すぐに目を吊り上げる。
「ということは、よく知らない魔物に襲われたにもかかわらず、馬車の外へ飛び出したというわけか……っ!」
「も、申し訳ありません……っ」
改めて指摘されれば、自分がどれほど軽率だったのか、嫌でも自覚させられる。
いくらナレットとチェルシーがそばについていてくれるとはいえ、勝手な行動をしたのだ。アルヴェントに叱責されて当然だ。
身を縮めて深く頭を下げると、アルヴェントが我に返ったように小さく息を呑んだ。と、気まずげな声が降ってきた。
「いや、すまん。声を荒げるつもりは……。助かったと、礼を言うべきだな」
おずおずと顔を上げると、アルヴェントがまぶしげにフェルリナを見下ろしていた。
「聖女の力は本当にすごいな。毒まで無効化できるとは……。おかげで、騎士達も無事だ。感謝する」
「い、いえ……っ。お役に立てて何よりです」
ほっとして表情をゆるめると、「だが」とアルヴェントがふたたび険しい顔になった。
「頼むから、急に馬車から飛び出さないでくれ。心配で気が気ではなかった」
「すみません……っ」
アルヴェントが怒っていたのは心配してくれていたからなのだとわかり、申し訳なさと嬉しさが同時に湧き上がる。
だが、それでも戦闘が終わるまで指揮に徹していたのがアルヴェントらしい。
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