28 『俺の事情』で間違いない


「ですが、王城のあちらこちらで殿下の噂を聞いたものですから……」


「噂、ですか……?」


 もしかして、アルヴェントに不審な娘がつきまとっているというものだろうか。


 そうだとしたら、謝罪して誤解を解かねばとフェルリナが口を開くより早く、ロベスが呆れ果てた様子で告げる。


「ええ。花嫁様をお迎えして浮かれに浮かれている殿下が、花嫁を連れ回して王城中で自慢している、と」


「……え……?」


「う……っ」


 ぽかん、とこぼしたフェルリナの声と、アルヴェントの気まずげなうめきが重なる。


「べ、別に俺は自慢など……っ! フェルリナに王城を案内していただけで……っ!」


「殿下にしては、なかなかよい方便を思いつかれましたね。ですが、王城の者が皆、申しておりましたよ。殿下の鼻の下が伸び切っていた、と」


「っ!」


 アルヴェントが大きな手で己の口元を隠す。


 わけがわからないまま、フェルリナはあわあわとロベスに訴えた。


「ロ、ロベス様っ、アルヴェント様に王城内をご案内していただいていたのは本当のことですが……っ! ですがそれは、ゴビュレス王国に来たばかりの私を気遣ってくださったからです! ご自身のお休みを潰してまでわざわざ私などのために……っ!」


「きみを気遣うのは当然だろう! 俺の都合で無理やり連れてきたに等しいのだから……っ!」


「『俺の都合』、ですか……? 『ゴビュレス王国のため』ではなく?」


 アルヴェントの言葉を敏感に聞き咎めたロベスが眉をひそめる。


 刺すような視線を向けた副団長に、アルヴェントが表情を引きしめて頷いた。


「ああ、『俺の事情』で間違いない。……フェルリナにはゆうべ、俺がドラゴンの呪いを受けていることを打ち明けた」


「な……っ!?」


 アルヴェントの告白にロベスが絶句する。


「あまりに軽率ではありませんか!? 確かにフェルリナ様の加護の力は喉から手が出るほど欲していたものですが……っ! だからこそもっと慎重に打ち明けるべきだったのではございませんか!?」


 食ってかかるロベスを見れば、心からアルヴェントを心配しているのかがひと目でわかる。


 同時に、フェルリナはロベスが何を危惧きぐしているのかを察した。


 ふつうの者なら、どれほど主を敬愛していたとしても、ドラゴンに立ち向かいたいとは思わないだろう。


 事情を知ったフェルリナが逃げ出すかもしれないとロベスが懸念したとしても当然だ。


 だからこそフェルリナは、アルヴェントとロベスの間に無理やり身体をねじ込むと、正面から真っ直ぐロベスを見上げる。


「ロベス様。新参者の私を信じてくださいと言ったところで、信用が置けないことは承知しておりますっ! ですが……。私もアルヴェント様の呪いを解きたい気持ちは同じですっ! そのためにできることは何でもいたしますから……。どうか、私にも呪いを解くお手伝いをさせていただけませんか!?」


「フェルリナ!?」


 身を二つに折るようにして深々と頭を下げたフェルリナに、アルヴェントが驚いた声を上げる。


 だが、フェルリナは顔を上げない。


 頭を下げ続けるフェルリナの耳に届いたのは、ロベスの吐息と、かすかな衣擦きぬずれの音だった。


「フェルリナ様。どうか、顔をお上げください」


 穏やかなロベスの声を同時に、そっと右手を握られる。


 驚いて顔を上げると、両腕に持っていた本を床に置いたロベスが片膝立ちでひざまずき、真摯なまなざしでフェルリナを見上げていた。


「これでも、人を見る目はそれなりにあると自負しております。ゴビュレス王国までの旅路の間、フェルリナ様のご様子を見ておりましたが、フェルリナ様がまさに聖女と言うにふさわしいお心の持ち主であることはわたしも承知しております。悲鳴を上げて逃げ出すご令嬢がいるほど強面こわもてな殿下を恐れぬばかりか、思いやってくださるなど……。並のご令嬢ではございません」


「おい」


 アルヴェントがうなるような声を出すが、ロベスは意に介さない。


「フェルリナのような方がアルヴェント様の花嫁になってくださるとは、この上ない僥倖ぎょうこうでございます。わたしのほうこそお願い申し上げます。どうか、殿下の呪いを解くため、フェルリナ様のお力をお貸しください」


「もちろんですっ!」


 ロベスの言葉に大きく頷く。


 ほっとしたように表情をゆるめたロベスと笑顔で見つめあっていると、不意に大きな手に両肩を掴まれ、ぐいっと後ろに引かれた。


「ひゃっ!?」


 よろめいた身体がとすりとたくましい胸板に受け止められる。


「おい、いつまでフェルリナの手を握っている?」


 低い声で告げた主に、ロベスが呆れ果てた視線を向ける。


「殿下。あまりに嫉妬深い男は嫌われますよ? それとも、それほどわたしが信用できないとおっしゃるのでしょうか? 生まれてこのかた、殿下おひとりを主君と定め、身を粉にして尽くしてきた家臣になんと無体な……っ」


「身を粉にして尽くしてきたと言う者の言動か、それがっ!」


 よよよ、と芝居がかった様子で泣き真似をするロベスにアルヴェントが遠慮のない声を上げる。


 が、フェルリナはそれ以上に気になることがあった。


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