29 私にもお手伝いさせてくださいっ!


「あの、ロベスさん。その本は……。もしかして、聖古語ですか……?」


 ロベスが床に置いた何冊もの本。


 その背表紙に書かれた文字を見て、フェルリナは驚きの声を上げる。


 七つの国が所在するこの大陸では、国によって多少のなまりはあるものの、基本的に同じ言語が使われている。


 どの国も、祖を辿れば大陸最西部に位置する聖ロムロール王国に行きつくからだ。 


 大陸の歴史は、一か国ずつ建国しながら、魔境を開拓し、人間の領域を増やしてきた歴史そのものと言って過言ではない。


 聖古語と呼ばれる言語は、聖ロムロール王国で古い時代に使われていた言語だ。


 聖女や魔境、魔物に着いて書かれた古い書物は基本的に聖古語で書かれているため、神官や歴史家にとっては必須の教養だが、そういった者はたいてい歴史が古い聖ロムロール王国に所属している。


 聖女でも読み書きできない者がいるほどだが、フェルリナが読めるのは、自分に加護のない理由を何とか調べられないかと、恩師である女性神官に教わったためだ。


 まさか、騎士団の一員であるロベスが聖古語の本を読んでいるとは思いもよらなかった。


 だが、驚いたのはフェルリナだけではなかったらしい。


「フェルリナ様は聖古語が読めるのですか!?」


 立ち上がったロベスが身を乗り出す。


「えっ!? は、はい……っ。あまり堪能たんのうではありませんが、聖女のはしくれとして、ひと通りは……」


「素晴らしいですっ!」


 即座に放たれた大声に、誉め言葉と知りつつ、思わずびくりと肩が跳ねる。


 フェルリナを庇うように割って入ったのはアルヴェントだった。


「ロベス。お前こそ聖古語なんて読めたのか? 初耳だぞ」


 真意を見抜こうとするかのような鋭い視線に、ロベスが顔をしかめる。


「騎士団の業務の間を縫って学んでおりますが、なかなかよい師に巡り会えていないこともあり、ところどころ単語を理解するのが精いっぱいでして……。残念ながら『読める』と胸を張って言える状態ではございません……」


 話すロベスは心から悔しそうだ。


 遠征の多い騎士団で副団長を務めながら聖古語を学んでいるなんて、フェルリナは尊敬するほかないが、本人は満足していないらしい。


「だが、なぜ聖古語など……」


 いぶかしげに呟いたアルヴェントの声が、不意に途切れる。


「……もしかして、俺のためか……?」


 図星だったらしい。ロベスがふい、と視線を逸らした。


 アルヴェントの言葉に、フェルリナもぴんとくる。


「ドラゴンの呪いを解く方法を探すため、ですか……?」


 ここ百五十年ほどは開拓が進んでいないものの、かつては大陸に聖ロムロール王国一国だけだった状態から、六つの国をおこせるほどに魔境を開拓してきたのだ。


 過去には、今よりもさらに力のある聖女や騎士、魔法師達が何人も輩出され、一気に開拓が進んだ時代もあったらしい。


 その中には、ドラゴンを倒したという伝説を持つ騎士団の伝説もいくつかある。


 ロベスは少しでも手がかりがないかと、過去の文献を調べているに違いない。


 昨日、ロベスが話していた特別な加護を持った聖女の古文書も、その中で見つけたのだろう。


「聖女を得るために古文書に当たるなど、効率を重視するお前らしくないとは思ったが……。ドラゴンの呪いを解くためなら、素直に言っておけばよかっただろう?」


 吐息混じりにこぼしたアルヴェントに、顔を背けたままロベスが答える。


「真実かどうか定かでないことを口にするのはわたしの主義に反しますので」


 そっけない口調。だが、そこから読み取れるのは、不確かな情報でアルヴェントをぬか喜びさせたくないという気遣いだ。


「ロベスさんっ! どうか、私にその書物を調べさせてくださいませんかっ!?」


 気がつけば、フェルリナは自分から大きく頭を下げていた。


「フェルリナ様がご助力くださるのでしたら、もちろんわたしに否はございませんが……」


 フェルリナが珍しく上げた大声に驚いたのだろう。目をしばたたきながらロベスが戸惑ったように答える。


「ありがとうございますっ! 私、何としても手がかりを見つけてみせますっ! あのっ、これらの古文書は、ロベス様の蔵書なのでしょうか……?」


「いえ、王城の書庫から探し出したものです」


「王城の書庫でしたら、きっとさまざまな古い書物が遺されているのでしょうね……っ! あのっ、案内していただいてもよろしいでしょうか……っ!?」


 勢い込んで頼んだフェルリナに、「もちろん、かまいませんが……」と頷いたロベスが、何やら複雑そうな顔で、ちらりとアルヴェントを見やる。


「何というか……。申し訳ございません……」


「いや、気にするな。お前の忠義には心から感謝している。何より、フェルリナ自身が望んでいることならば、俺に反対する理由などないからな……」


 乳兄弟らしく、何やら二人だけに通じる視線を交わしあったアルヴェントとロベスを、フェルリナはきょとんと見やったが、二人から答えが返ってくることはなかった。


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