26 では、俺の休みにつきあってもらえるか?
これほど優しくしてくれるアルヴェント達の期待を裏切ってしまうかもしれないと思うと、恐怖で居ても立ってもいられない気持ちになる。
だが、アルヴェントの気遣いに応えたくて小さく笑みを浮かべると、アルヴェントがほっとしたように表情をゆるめた。
「急に婚姻を結ばされて強制的にゴビュレス王国に連れてこられたばかりで戸惑うことばかりだろう。だが、これだけは信じてくれ」
ひざまずいたアルヴェントの黒い瞳が、真っ直ぐにフェルリナを見つめる。
「俺は決して、クライン王国のようにきみを粗略に扱ったりしない。きみは聖女である前に、俺の大切な妻なのだから」
「っ」
真摯な言葉が矢のようにフェルリナを貫く。
今度こそこらえようとしていた涙があふれてしまいそうで、フェルリナは崩れるように椅子から下りると、ひざまずくアルヴェントに両膝をついて身を寄せた。
「フェ、フェルリナ!?」
アルヴェントがすっとんきょうな声を出す。
「も、申し訳ありません。でも……っ。アルヴェント様があまりに嬉しいことをおっしゃってくださるので……っ! この感謝の気持ちを、どうやってお伝えすればいいのか……っ!」
涙をこぼしては気を遣わせてしまう、と唇を噛みしめ、顔を見せぬように広い胸板に額を押しつける。
あたたかくたくましい胸元はフェルリナが寄りかかってもびくともしないほど頼もしい。
「フェルリナ、その……っ」
片手をほどいたアルヴェントの手のひらが、ぎこちなく背中に回される。
「ひゃっ」
慰めようとしてくれたのだろうか。
大きな手のひらが戸惑いながら背中をすべるくすぐったさに思わず小さな声をこぼすと、
「すっ、すすすすまんっ!」
あまりのあわててように驚いて顔を上げると、驚くほど近くに
うっすらと紅く染まった顔を見た途端、自分がどれほど大胆なことをしているのか気づいて、フェルリナの顔にもぼんっと熱がのぼる。
「わ、私こそ申し訳ございません……っ!」
わたわたと身を離し、立とうとすると、フェルリナより早くさっと立ち上がったアルヴェントが、手を差し伸べてくれた。
「あ、ありがとうございます……っ」
恥ずかしくて顔を上げられない。立ち上がってもまごまごとしていると、遠慮がちな声が降ってきた。
「ひとまず、朝食を食べてしまおう。さっきも言ったとおり、その後はゆっくり休んでくれればいい」
「はい……」
頷き、二人とも席に戻って朝食を再開するものの、フェルリナとしてはやはり気になる。
「でもあの、本当に、ゆっくりさせていただいてもよろしいのでしょうか……? 何かするべきことがあるのでは……? あっ! そうです、ゴビュレス王国は騎士団員もクライン王国以上に多いのでしょう? 今後、一緒に遠征に出ることもおありでしょうから、訓練を見学させていただくことは可能でしょうか?」
「それでは、休むことにならないだろう」
勢い込んで尋ねたフェルリナに、アルヴェントが眉根を寄せる。と、何かに気づいたように口をつぐんだ。
「いや、すまん……。ゴビュレス王国に来たばかりのきみに休めと言っても、余暇を過ごせる場所がないのは当然だな……」
己の
「ちなみに、クライン王国ではどのように余暇を過ごしていたんだ?」
「その……」
きっと参考にするつもりだろう問いかけに、困り果てて口ごもる。
クライン王国での余暇と言われても、アルヴェントが求めているような答えはないのだ。
「申し訳ありません。遠征続きでしたので、ゆっくり余暇を過ごしたこと自体が
柔らかな寝台で休むだけでも十分だ。だが、フェルリナの返事を聞いた途端、アルヴェントが渋面になる。
「だが、せっかくの休暇を部屋に閉じこもって過ごすなど、つまらぬだろう? 気が回らぬ俺に呆れているのは百も承知だが、その……」
迷うように視線を揺らしたアルヴェントが、意を決したようにフェルリナを見つめる。
「よかったら、朝食のあと、一緒に王城のあちこちを見て回らないか? これからここで暮らすんだ。知っておくに越したことはないだろう?」
「ありがとうございます……っ」
気遣いがにじむ声音に、心からの感謝を述べる。
「ですが、アルヴェント様もお忙しいのではありませんか? 私などにお時間を使っていただくのは申し訳ありません……」
「遠慮はいらん。俺のほうも、今日は特に公務などはない身だからな。暇で団員の訓練に混じろうかと思っていたくらいで……」
「それではアルヴェント様こそ、休んでらっしゃらないではありませんか」
フェルリナの見学を止めておきながら、自分は訓練をするという矛盾を思わず指摘すると、思ってもみなかったことを言われたとばかりに、黒い目が
と、ふはっとアルヴェントが吹き出す。
「確かにそのとおりだな。……フェルリナ。では、俺の休みにつきあってもらえるか?」
「はい喜んで。こちらこそ、どうぞお願いいたします」
おどけたように首をかしげたアルヴェントの言葉に、フェルリナもつられたようにもごく自然に笑みを浮かべた。
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