25 この際、はっきりと言っておく


「フェルリナ?」


 いぶかしげなアルヴェントの声に、フェルリナははっと我に返ってかぶりを振る。


「申し訳ございません。ゴビュレス王国の景色があまりに綺麗で……。思わず見惚れてしまいました」


「そうか。……嫁いできたきみにそう言ってもらえるのは嬉しいものだな」


 柔らかな笑みを浮かべたアルヴェントに促され、テラスに出されたテーブルに着く。


 テーブルの上には、朝食というには豪勢すぎる食事が並べられていた。まだ朝だというのに、おいしそうな匂いを立てる肉の皿まであり、さすが第二王子の朝食だと感心する。


 こんな豪華な食事のお相伴しょうばんにあずかっていいのだろうかと戸惑っていると、優しく声をかけられた。


「遠慮せずに食べてくれ」


「ありがとうございます」


 礼を言い、おずおずとフォークに手を伸ばす。きのこのソテーを口に入れると、独特の食感とともにバターの芳醇な香りが口に広がり、思わず顔がほころんだ。


 フェルリナの様子を見たアルヴェントの面輪にも笑みが浮かぶ。


 アルヴェントの笑みを見た途端、ぱくぱくと速くなった鼓動をごまかすように、フェルリナはうつむきがちに別の料理に手を伸ばす。


 二人でもくもくと朝食を食べ、皿の上の料理が半分以下になったところで、フェルリナはアルヴェントに確認しておかねばならないことを思い出した。


「アルヴェント様、ひとつおうかがいしたいのですが……。私は次はどちらの騎士団の遠征に同行すればよいでしょうか? 今日にでも出発でしたら、準備を整えておきたいのですが……」


 遠慮がちに尋ねると、アルヴェントが黒い目を瞠った。


「はぁっ!? 何を言う!?」


 予想外の大きな反応に、フェルリナは何かしでかしてしまったのかと血の気が引く。


「も、申し訳ございませんっ! 何か間違ったことを申し上げてしまったでしょうか……っ!? あ、あのっ、準備と申しましても、中古でもかまいませんから、旅装と保存食さえいただけましたら、あとは別に……っ!」


 あわあわと言を継ぐと、精悍な面輪が思いきりしかめられた。


「馬鹿なことを言うなっ! 俺を何だと思っている!? 長旅を終え、ようやくゴビュレス王国に辿り着いたきみを、ろくに休ませもせず遠征に連れ出すなど……っ! そんな無体なことをするわけがないだろう!?」


「え……っ!?」


 アルヴェントの言葉に、今度はフェルリナが目を瞠る。


「よ、よろしいのですか……? 休ませていただいても……」


 信じられないとかすれた声を洩らしたフェルリナに、アルヴェントが大きく頷く。


「当然だ。冬が来る前に、一匹でも魔物を減らしておきたいのは当然だが、そのために騎士団に無茶をさせるわけにはいかない。無理な遠征を続ければ、遅かれ早かれ立ち行かなくなり、本当に必要な際に騎士団を動かせなくなる。というか……」


 はぁぁっ、とアルヴェントが大きなため息をつく。


「休む暇なく遠征に出るのを当然と考えているとは……。きみはクライン王国で、いったいどんな目に遭ってきたんだ……?」


 アルヴェントの低い声に、フェルリナは身を縮めてうつむく。


 クライン王国でのフェルリナは、ただただ聖属性魔法を使わされる道具のようなものだった。


 ひとつ遠征を終えて帰ってくれば、ろくに休む暇もなく別の騎士団と遠征に連れていかれる日々の繰り返し……。


 そこでは、フェルリナを気遣ってくれる者など、ほとんどいなかった。


「フェルリナ。この際、はっきりと言っておく」


 アルヴェントの強い声音に、フェルリナはおどおどと顔を上げる。


 上げた瞬間、真っ直ぐにフェルリナを見つめる黒い瞳に射貫かれ、息を呑んで身を強張らせた。


「ゆうべ話したように、聖女の力を求めてきみをめとったことは否定しない」


「はい……」


 険しい表情で告げるアルヴェントに、フェルリナは素直に頷く。


 最初からわかっていた。聖女の力がなければ、フェルリナがアルヴェントの妻になれることは、天地がひっくり返ってもあり得なかっただろう。


「だが」


 不意に、アルヴェントの面輪に優しい笑みが浮かぶ。


「婚姻を結んだからには、きみはもう、俺の大切な妻だ。クライン王国でどんな風に扱われていたかくわしくは知らないが、何も心配しなくていい。遠征に同行してもらうのはこちらでも変わらないが……。決してきみを粗略そりゃくに扱ったりしないと約束しよう」


 不安をほどくかのような真摯なまなざしと声音。


 ゴビュレス王国への旅の間、ずっとフェルリナを気遣ってくれたアルヴェントの態度が、この言葉は真実なのだと何よりも雄弁に告げている。


「ありがとう、ございます……っ」


 告げた声が勝手に潤む。


 涙を見せてはいけないと、深く頭を下げて唇を噛みしめると、がたたっ、とアルヴェントがあわてたように席を立つ音が聞こえた。


 かと思うと、不意に横から強く両手を掴まれる。


「す、すまんっ! 何かきみを傷つけるようなことを言ってしまったか!?」


 驚いて顔を上げると、椅子の横に片膝をつき、焦った顔でフェルリナを覗き込むアルヴェントとぱちりと目があった。


 真っ直ぐなまなざしに否応いやおうなしに心臓が跳ねる。


「ロベスや団員達にもよく言われるんだ。俺はどうにも雑なところがあると、特にこの顔の傷で避けられるせいでご婦人の扱いがなっていないようで……っ!」


「そっ、そんなことはありませんっ!」


 自責に満ちたアルヴェントの声に、大きな手を握り返して反論する。


「アルヴェント様は本当に誠実でお優しい方ですっ! 私なんかにはもったいないくらいの御方ですっ! その、泣きそうになってしまったのは、嬉しかったからで……っ!」


「嬉しい……?」


 わけがわからないと言いたげにおうむ返しに呟いたアルヴェントに、フェルリナは大きく頷く。


「そうですっ。加護なしの私を気遣ってくださる方なんて、アルヴェント様と騎士団の方々が初めてなので……っ! あまりに嬉しくて……っ!」


「何を言う? 加護なしどころか、きみは特別な加護を持つ聖女だろう!」


 フェルリナの手を包むアルヴェントの両手に力がこもる。


 特別な加護を持つ聖女。


 昨日、ロベスがそう推測していたが、自分などに本当に特別な加護があるのか、フェルリナはまったく自信がない。


 クライン王国では、いままでずっと『加護なし』と蔑まれ続けてきたのだから。


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