24 朝食のお誘い


 窓辺から射し込む爽やかな秋の朝陽に、フェルリナは深い充足感を感じながら目を覚ました。


 これほど寝心地のよい寝台で眠ったのは生まれて初めてだ。


 最初は、ふだんとはあまりに違う柔らかな寝台に緊張していたものの、いったん眠りに落ちたあとは、夢も見ずに熟睡できた。


 軽く伸びをして身を起こした途端、フェルリナの目に飛び込んだのは、掛布の上に広げて置かれた黒い上着だ。


 フェルリナの身体には明らかに大きい仕立てのよい黒い上着は、そこだけまだ夜の名残を残しているかのようだ。


 その上着と同じ黒い瞳が脳裏によぎった途端、フェルリナは自分の頬に熱がのぼるのを感じる。


 アルヴェントに上着を借りたままでなければ、ゆうべのやりとりを夢だと勘違いしていたかもしれない。


 深夜にテラスで二人っきりでアルヴェントと話したばかりか、アルヴェントの秘密を……。


 凛々しい面輪に走る黒紫の傷跡を思い描いたフェルリナの胸がきゅぅっと締めつけられる。


 ドラゴンの呪いをかけられたと話してくれた時の硬く握りしめられた拳。


 アルヴェントはどんな思いでフェルリナに打ち明け、ひざまずいて助力を願ったのだろう。


 その気持ちを想像するだけで、さまざまな感情があふれて胸がいっぱいになる。


「私なんかが、アルヴェント様のお力になれるのなら……」


 ぎゅっと掛布を握りしめ、決意に満ちた声をこぼしたところで、扉がノックされた。


「フェルリナ様。お目覚めでいらっしゃいますでしょうか?」


 聞き覚えのない声に、いぶかしみながらも、急いで寝台をおりて扉に向かう。


 扉を開けた先に立っていたのは、フェルリナと年の変わらない気立てのよさそうな赤毛の侍女だった。


「初めまして。アンと申します。王城にいる間は、わたくしがフェルリナ様の身のお世話をさせていただきます!」


 恭しく一礼したアンが、笑顔を浮かべる。


「さっそくお着替えいたしましょう! アルヴェント殿下がフェルリナ様と一緒に朝食をとお待ちになっていらっしゃいます」


 驚いたものの、アルヴェントが待っていると言われたら、待たせるわけにはいかない。


 てきぱきと身支度を整えるのを手伝ってくれたアンにフェルリナが連れていかれたのは、隣のアルヴェントの私室だった。


「よく、眠れただろうか? 今日は天気もいい。テラスで一緒に朝食でもどうかと思ったんだが……」


 アルヴェントの黒い瞳には、フェルリナの様子をうかがうような光が浮かんでいる。


「ありがとうございます……っ」


 アルヴェントの気遣いが嬉しくて、にっこり笑って礼を言うと、アルヴェントがほっとしたように精悍な面輪をゆるめた。


「では、こちらへ」


 優しく手を引かれて、室内を通ってテラスへと進む。


 アルヴェントの部屋は、誠実な人柄を表すように落ち着いた色合いの内装だった。


 深い色合いの木目が美しい家具は、初めて入ったというのに、居心地のよさを感じさせる。


「アルヴェント様らしい素敵なお部屋ですね」


 思わず感じたことを口に出すと、アルヴェントが意外なことを言われたと言いたげに目をしばたたいた。と、黒い目が柔らかな弧を描く。


「そうだろうか? 遠征や訓練に出てばかりで、あまり過ごしていない部屋だが……。きみにそう言ってもらえると嬉しい」


 きっと、アルヴェントが不在の間もよく手入れされているに違いない。


 両親や兄達にアルヴェントが大切にされているのだろうとひと目でわかり、フェルリナまで何だか嬉しくなる。


「さあ、こちらだ」


 アルヴェントがテラスに続く硝子戸を押し開ける。


「わぁ……っ!」


 爽やかな秋の風が吹き込むと同時に目の前に広がった光景に、フェルリナは思わず歓声を上げた。


 ゆうべもテラスに出て外を見たが、暗闇に閉ざされていた夜景とはまったくおもむきが違う。


 明るい陽射しに照らされた城下町では、家々の煙突から煙が細くたなびき、往来を進む馬車や荷車、人々が見え、にぎわっているのがひと目でわかる。


 町の周りに広がる黄金色の麦畑は収穫を待つばかりだ。


 遥かな地平まで続くのではないかと思える深い森と、さらにその向こうにそびえる峻厳しゅんげんな山々……。


 この豊かな国が、これからフェルリナが暮らしていくゴビュレス王国なのだと、しみじみと美しい景色を見つめる。


 クライン王国でも遠征で何度も森に入ったが、ゴビュレス王国の森はさらに緑が濃く、厳しい雰囲気を感じる。


 やはり魔境に近いせいなのかもしれない。


 そして、魔境のどこかに、アルヴェントに呪いをかけたドラゴンが……。


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