23 呪いを解く方法はないのですか?
「呪いを解く方法はないのですか……っ!?」
「ひとつだけ、ある」
静かに告げた声は、秋の夜気よりも澄んでいた。
「俺に呪いをかけたドラゴンを倒すことだ。だが、そんなことは不可能だと思っていた。追い払うだけで騎士団総出で命懸けの戦いをしたドラゴンを倒すなど……。だが」
アルヴェントのまなざしが、真っ直ぐにフェルリナを貫く。
「フェルリナ。俺はきみと出逢えた。母上達がクライン王国に有利な取引をしてまで聖女を求めたのも、ドラゴンに抗する力を蓄えるためなんだ。支援魔法と回復魔法に特化した聖女を得られれば、少しでも魔物との戦いが有利になるだろうと。そうして騎士団全員をレベル上限まで鍛えれば、もしまたドラゴンの侵入があった時に、少しでも対抗できるのではないかと。そう考えて、強引にきみを
くすり、とアルヴェントの唇が笑みの形を描く。
「まさか、きみがレベル上限解放の加護を持っていたとはな。きみが力を貸してくれれば、俺も騎士団も、いま以上に強くなれる。もしかしたら、ドラゴンを倒すことも夢ではないかもしれないと、希望を
不意に、アルヴェントがテラスに片膝をつく。フェルリナが掴んでいたはずの手は、気がつけばアルヴェントの大きくあたたかな手に包まれていた。
「俺みたいな呪い持ちの男を夫として扱ってくれなんて、口が裂けても言わない。俺で叶えられることならば、きみの希望は何でも叶えよう。もちろん、何があろうときみのことは全力で守る! だから、どうか……っ! 頼む。ゴビュレス王国に力を貸してくれないだろうか?」
「もちろんですっ!」
考えるより早く、言葉が口をついて出る。
「私でアルヴェント様達のお役に立てるのでしたら、どんなことでもしますっ!」
ぎゅっ、と渾身の力でアルヴェントの手を握り返す。だが、骨ばったたくましい手はびくともしない。
「私……っ、アルヴェント様に嫁げて幸せですっ! 私が加護なしと言われている時から、蔑むことなく親切にしてくださって……。どれほど感謝しても足りませんっ! だから……っ! アルヴェント様の呪いを解くために私にできることがあるのなら、させてくださいっ!」
出逢ってから、まだ半月も経っていない。
けれど、アルヴェントの人となりはこの短い間でも十分に知れた。
威圧感のある容貌とは裏腹に、誠実で優しくて……。『ゴビュレスの呪われた灰色熊』なんて、まったく全然当てにならない。
たとえ、アルヴェントが伴侶でなくとも、彼のためならばどんなことでもできそうな気がする。団員達にあれほど慕われているのも納得だ。
「フェルリナ……!?」
信じられないと言わんばかりに、アルヴェントが黒い目を見開く。
「本当に、俺の呪いを解くために力を貸してくれるというのか……っ!?」
「はいっ、もちろんです! むしろ、私のほうからお願いさせてくださいっ!」
視線を合わせ、はっきりと頷くと、不意に手をぐっと引かれた。よろめいた身体を、立ち上がったアルヴェントに抱きしめられる。
「ありがとう……っ! 何と感謝の言葉を告げればいいのか……っ!」
ぎゅっとフェルリナを抱きしめる力強い腕は、湧きあがる喜びを必死で抑えつけているかのようだ。もし、全力で抱きしめられていたら、
こんな時でもフェルリナを気遣ってくれるアルヴェントは、やっぱり本当に優しい人だと、胸があたたかくなる心地がする。
胸が詰まって言葉にならないと言いたげなアルヴェントの大きな背中を、フェルリナは空いているほうの手でそっと優しく撫でる。
「感謝の言葉なんて、いりません。……だって、私達は夫婦でしょう?」
婚姻届にサインしただけの、くちづけすら交わしていない形ばかりの夫婦だけれど。
それでも、アルヴェントの力になりたいと願う気持ちは本物だ。
フェルリナの言葉に、アルヴェントの広い背中がかすかに揺れる。
「夫婦、か……」
たくましい腕がゆっくりとほどかれる。
フェルリナを見下ろす黒い瞳には、いままで見たことのない光が浮かんでいた。
「フェルリナ。きみが許してくれるのなら――」
低く呟いたアルヴェントがゆっくりと身を屈める。
魅入られたように
「く……っ!」
不意に呻いたアルヴェントが、フェルリナの両肩に手をかけ、引きはがす。あまりの勢いに、肩に羽織っていた上着がずり落ちそうになった。
「ロベスが内扉に鎖をつけたわけがわかった気がする……。いや、むしろ鎖がいるのは俺のほうか……?」
「アルヴェント様……?」
低い声で何やらぶつぶつ呟くアルヴェントに小首をかしげると、「何でもない」とかぶりを振られた。
「そろそろ部屋へ入るといい。長旅で疲れているだろう? 寒いテラスに長居して風邪を引いたら大変だ」
「待ってくださいっ!」
フェルリナの肩から手を離し、
「もしかして、また飛び移る気ではありませんよね?」
あんな肝が冷える思いは絶対にごめんだ。
じっ、と長身を見上げると、「うっ」と呻いたアルヴェントが気まずそうに視線を逸らした。
「ちゃんと廊下を通ってお戻りください!」
テラスの扉を大きく開けて招き入れようとしたが、アルヴェントはためらって動かない。
「どうなさったんですか?」
「いや、こんな夜更けに女性の部屋に入るのは非常識すぎるだろう……?」
「テラスを飛び越えるほうがよっぽど非常識ですっ!」
思わず憤然と言い返すと、アルヴェントが虚をつかれたように目を瞬いた。
強く言い過ぎたかと焦ったフェルリナが謝罪を口にするより早く、アルヴェントがふはっと吹き出す。
「きみに叱られたのは初めてだな」
「も、申し訳ございません……っ!」
あわてて謝ると、下げた頭を優しく撫でられた。
「謝らないでくれ。きみの言うことはもっともだ。では、すまないが部屋を通らせてもらおう」
「はいっ、こちらです」
案内するほどではないが、先に立って部屋を横切ると、アルヴェントが素直についてきた。
「あの、上着をお貸しいただいてありがとうございました。とてもあたたかかったです」
扉を開ける前に、肩に羽織っていた上着を脱いでお礼を言う。
「いや、少しでも役に立ったのならよかった。……どうだ? そろそろ眠れそうか?」
「はい、もう大丈夫です」
心配そうなアルヴェントに笑顔で答える。
アルヴェントの話を聞いて驚きはしたが、自分がしたいことがはっきりしたおかげで、テラスに出る前の不安は霧散している。
むしろ、するべきことがわかったおかげで、心はテラスから見た夜空のように澄んでいる。
「そうか。ならよかった」
安堵したように表情を緩めたアルヴェントがよしよしとフェルリナの頭を撫でる。
「ではおやすみ。俺が出た後はちゃんと鍵をかけるんだぞ?」
「はい、わかりました。おやすみなさいませ、アルヴェント様」
出ていくアルヴェントを見送ってから、フェルリナは言われたとおり、ちゃんと鍵をかける。
そっと夜着の胸元を押さえると、ぱくぱくといつもより速い鼓動が感じられた。
アルヴェントの呪いを解くためなら、どんなことでもしよう。
きゅっと夜着の胸元を握りしめ、フェルリナは固く心に誓った。
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