19 ステータスボードに不具合が起こったのでは?


 三階建ての大きな宿舎の一階は、大きなテーブルと長椅子が並ぶ広々とした食堂になっていた。


 夕方が近づいているからか、奥にある厨房ちゅうぼうからよい匂いが流れてくる。


「ナレット。フェルリナに果実水を持ってきてくれ」


 端のほうのテーブルにフェルリナとともに座ったアルヴェントが後ろに従っていたナレットに命じる。


「いえっ、ナレットとチェルシーも疲れているでしょうから、休ませてあげてください。飲み物くらい、自分でとってまいります! どうぞ、お気遣いなく……」


「気遣わないわけにはいかないだろう?」


 立ち上がろうとしたフェルリナの手を掴んで止めたアルヴェントが、悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「ついさっき、きみをちゃんと気遣うと母上に宣言したばかりなんだ。俺を噓つきにしたくなければ、おとなしく座っていてくれ」


 そんな風に言われたら、それ以上抗弁できなくなる。


 待つほどもなく、ナレットが木の杯に入った果実水を二つ持ってきてくれる。ふわりと漂った爽やかな匂いから察するに、林檎りんごの果実水らしい。


「殿下の分がなかったら、フェルリナ様が気を遣われるに違いありませんからね」


「なるほど、確かにそうだな。よし、ナレットとチェルシーもしばらく休んでくれ。旅の間、ご苦労だったな」


「二人とも、本当にありがとうございました。お二人がいてくださったおかげで、どれほど心強かったことか。いくらお礼を申し上げても足りません」


 ナレットとチェルシーに深々と頭を下げて礼を言う。


「とんでもありませんっ! こちらこそ、フェルリナ様の護衛ができて光栄でした! これほど楽しかった任務はありませんっ!」


「フェルリナ様と一緒でしたら、天幕だっていい天幕を使えましたし~。いつもの遠征の時だってご一緒したいくらいです~」


 正直極まりない希望を口にしたチェルシーに、思わず笑みがこぼれ出る。


「大丈夫ですよ、チェルシー。きっとこれからは私も一緒に遠征に行くことに――」


 言いかけたところで、食堂の片隅がにわかに騒がしくなった。


「嘘だろうっ!?」


「おいっ、もう一回鑑定してみろよっ!」


「何かの見間違いじゃないか!?」


「そんなワケないだろっ! ほら……っ!」


「何ですか、騒がしい。団長はともかく、フェルリナ様もいらっしゃるのですよ!?」


 アルヴェントが声を上げるより早く、ロベスが険しい口調で問いただす。『団長はともかく』の部分が気になったが、フェルリナはあえて問いたださないことにした。


 短い旅の間に、アルヴェントが団員達にとても慕われていること、団員達が気安い口調で接しても、まったく不快になったりしないことを見て知っている。


 ロベスの注意に、団員達は恐縮するどころか、訴える先が見つかったとばかりに、どどどどどっ! と押し寄せてくる。みんな体格がいいので、地鳴りで宿舎の床が抜けるのではないかと、フェルリナは思わず心配になった。


「殿下っ! ロベスさんっ! 聞いてくださいっ! すごいんですっ!」


「俺、レベルが上がったんですっ!」


「オレもですっ!」


「ここ数カ月、何度討伐に出ても全然レベルが上がらなくて、レベル上限に達しちゃったんだと諦めていたのに……っ!」


「オレなんか一年以上ですよっ!? それなのに、いまステータスボードで確認したら、レベルがひとつ上がってて……っ!」


 団員達が興奮冷めやらぬ様子で、口々にロベスとアルヴェントに訴えかける。声を上げている団員はみんな、アルヴェントの随行としてクライン王国へ行った者達だ。


 いぶかしげに眉を寄せたのはロベスだった。


「あなた達はみな、レベル上限に達していたはずでしょう? ステータスボードに不具合が起こったという可能性を先に考えたほうがいいのでは?」


「じゃあ、ロベスさんや団長も鑑定してみてくださいよっ! 俺達が嘘なんかついてないってすぐにわかるはずですからっ! 団長なんて、ほぼひとりでファングウルフの変異種を倒したじゃないですかっ! 絶対上がってますよ!」


 ずいっ! と手にしたステータスボードをテーブルに差し出した団員に、アルヴェントが諦め混じりの溜息をつく。


「馬鹿を言うな。俺なんて、数年前にレベル上限に達して以来、どれほど討伐を繰り返してもまったく変化がないんだぞ。いまさら……」


 話すアルヴェントの声が、くらく沈む。


 ぐっと握り込まれた拳は、己の無力を嘆くかのようで。


 いつも凛々しく頼もしいアルヴェントが初めて見せた姿に、フェルリナは驚いてアルヴェントを見つめる。


 同時に、気づく。ゴビュレス王国への馬車の中、アルヴェントはゴビュレス王国のことについていろいろ教えてくれたが、アルヴェント自身のことについてはくわしいことは教えてくれなかった。


 ただ、アルヴェントが率いる第二騎士団は王族の守りにつくことが多い第一騎士団と異なり、魔物の討伐任務が主なのだと……。


 若い騎士が多いにもかかわらず、すでにレベル上限にまで達している騎士が多いのだと話していた。


 不安そうにアルヴェントを見るフェルリナのまなざしに気づいたのか、アルヴェントがすぐに表情を取りつくろう。


「わかったわかった。俺が鑑定をすればいいんだろう? そうすれば、ステータスボードの不具合だとわかる」


 苦笑したアルヴェントが、テーブルの中央に置かれた手のひら四つ分ほどの大きさのガラス板を思わせる薄い板の上に手のひらをのせる。


 ヴン、と小さな音が鳴り、待つほどもなくステータスボードにアルヴェントのステータスが表示された。


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