18 そうでもしないと、あなたは結婚できなさそうだったのだもの!
ゴビュレス国王はアルヴェントの父親らしく、がっしりと大柄な体躯の持ち主だった。年齢は五十歳過ぎだろう。アルヴェントによく似た彫りの深い精悍な顔立ちは国王らしい威厳に満ちている。
アルヴェントと違い頬に傷がないからか、穏やかそうに見えなくもないが、堂々とした立ち居ふるまいと黒い瞳の奥に見えるフェルリナを見定めるような鋭い光は、一筋縄ではいかぬ相手だと嫌でも感じさせられる。
対して、国王よりは少し若そうな王妃は、若い頃は咲き誇る大輪の薔薇のようだったに違いないと思わせる華やかな美貌の主だ。細やかな
アルヴェントより三つほど年上と思われる王太子は、王妃似の細身の美青年で、アルヴェントと似ているのは背の高さくらいしかない。
王太子とアルヴェントが並んでいても、すぐには兄弟と見えないに違いない。
「まあっ、なんて可愛らしいお嬢さんなのかしら!」
顔を上げたフェルリナを見て、華やいだ声を上げたのは王妃だった。
「まさか、こんな可憐なお嬢さんがアルヴェントに嫁いで来てくれるなんて! あなたは幸運ね!」
フェルリナと結婚しなければならなくなった時点で、幸運も何もないと思うのだが、さすがに口を挟む勇気はない。フェルリナが何も言えないでいるうちに、隣に立つアルヴェントが満面の笑みで大きく頷く。
「はい。俺は大陸一の幸せ者です!」
『アルヴェント樣っ!? 正気でいらっしゃいますかっ!?』と叫びそうになるのを、かろうじてこらえる。
きっと、家族に心配をかけまいと大仰に言っているに違いないが、隣で聞いていていたたまれないので、もっとひかえめでお願いしたい。
アルヴェントの言葉に、王妃がころころと笑う。
「まあ! あなたがそんな風に言うなんて、よほどのことね。フェルリナ嬢、騎士団育ちで女性の扱いなんてろくに知らなくて……。きっとあなたに迷惑をかけてばかりになるでしょうけれど、悪い子じゃないの。どうぞ、息子をよろしくね」
『ゴビュレスの呪われた灰色熊』と呼ばれるアルヴェントを「悪い子じゃない」と言うなんて、さすが母親だ、とフェルリナは妙なところで感心する。が、そんな場合ではない。
「は、はいっ! 私などがどこまでアルヴェント殿下のお役に立てるかわかりませんが……っ! 精いっぱい殿下に尽くしますっ!」
深々と頭を下げて告げる。
クレヴェス王子にゴビュレス王国へ嫁ぐことを伝えられた時、ゴビュレス王国でもクライン王国と同じように、聖女としてひたすら討伐に駆り出されるのだと思っていた。
だがアルヴェントの人柄を知ったいま、心の底から
「フェルリナ、ありがとう。きみの気持ちは嬉しい。だが、無理はしないでくれ」
フェルリナに優しい微笑みを向けたアルヴェントが、次いで呆れまじりの顔を王妃達に向ける。
「で、なぜ父上達がわざわざ来られたんですか? フェルリナの
「あら。でも、気になって仕方がなかったのだもの」
責めるような口調のアルヴェントに、王妃が悪びれた様子もなく肩をすくめる。
「よほどの奇跡が起こらなければ、花嫁の
「そもそもこの縁談を仕組んだのは母上でしょうに……」
アルヴェントが低い声で呟きを洩らす。
「だってそうでもしないと、エルトレットと違って、あなたは結婚できなさそうだったのだもの!」
さすが母親というべきか、王妃の言葉は遠慮容赦がない。フェルリナが初めて見る子どもっぽい表情でアルヴェントが口を
「そりゃあ、兄上と違って、俺は縁談のひとつもありませんでしたが……」
「気持ちはわからないでもないが、そんな顔をするな、アルヴェント。けれど、お前がわたしより先に結婚するとはね。本当におめでとう」
「ありがとうございます。兄上を差し置いてしまい、申し訳ありません」
王妃似の美しく整った面輪に穏やかな微笑みを浮かべて、なだめるように告げたのは王太子のエルトレットだ。
フェルリナを見るまなざしには、いたわるような光が浮かんでいる。顔立ちは母親似だが性格は似ていないのかもしれない。
来る途中、アルヴェントからはエルトレットの婚約はまだまとまっていないと聞いている。王太子の結婚となると、さまざまな思惑が絡むためらしい。
それを言うなら、第二王子であるアルヴェントの結婚も同じだろうが……。
『第二王子の妃の座』を用意してまで聖女を欲したのだと思うと、我が身に課せられた重責に身の細る思いがする。
無意識に唇を噛みしめていると、兄の祝いの言葉に笑顔で返したアルヴェントに、気遣わしげに顔を覗き込まれた。
「どうした? 険しい顔をして……。いや、当たり前か。急に父上ばかりでなく母上や兄上まで
「ふぇっ!? いえ……っ!」
あわててかぶりを振るが、アルヴェントは凛々しい眉を寄せてすぐに国王達を振り返る。
「父上、母上も。俺達は長旅を終えて帰ってきたばかりなのです。気にしてくださるのはありがたいですが、そろそろ休ませていただけると嬉しいのですが」
「確かに、急に訪ねてしまったのはこちらの非ね」
アルヴェントの言葉に、王妃が気分を害した様子もなくあっさり頷く。
「ひとまず、どんなお嬢さんなのか見られて安心したわ。フェルリナ嬢。謁見を終えたら、近いうちにお茶会をしましょう」
「は、はいっ! 光栄に存じます……っ!」
王妃に微笑んで告げられ、フェルリナは大きく頷く。間髪入れずに口をはさんだのはアルヴェントだ。
「もちろん俺も出席しますよ」
「では、母上。わたしも出席させていただけますか? 面白いものが見られそうです」
エルトレットも希望を口にする。
周りが王族ばかりのお茶会だなんて、緊張のあまり、気が遠くなりそうだ。だが、フェルリナに裁量権はない。
「到着したばかりのところを強襲して悪かったわね。わたくし達は帰るから、ゆっくり休んでちょうだい。アルヴェント、フェルリナ嬢を気遣ってあげるのよ」
「言われなくとも気遣います。心配ご無用です」
ぶすっと答えたアルヴェントに華やかな笑いをこぼして、国王達を促した王妃が
国王達が立ち去ると、あちらこちらから誰ともなく吐息がこぼれ出た。来訪が予想外だったのはフェルリナだけではなかったらしい。
「さあ、中断したが作業を続けてくれ」
アルヴェントの指示に団員達が動き出す。にわかにざわめき出した中、フェルリナを振り返ったアルヴェントがいたわるような微笑みを浮かべて手を差し出した。
「驚かせてすまなかった。なんというか……。母上は急に突飛なことをする御方でな……」
困ったように笑う声音には隠しようのない親愛があふれている。
「いえ、お気になさらないでください。驚きましたが……。アルヴェント様がご家族に愛されているのを知って、私まで嬉しくなりました」
フェルリナは残念ながら家族に恵まれなかった。父も母もフェルリナが聖女であると知った時には「これで我が家も栄えるに違いない!」と喜んでくれたものの、加護なしだと知るや否や、手のひらを返したように蔑み……。
きっと今頃は高く売れて厄介払いができたと喜んでいることだろう。
アルヴェントがフェルリナなどにも優しいのは、きっと素晴らしい家族に愛情深く育てられたからに違いない。
「そんな風に言われると照れるんだが……」
困惑半分、照れが半分といった様子で笑ったアルヴェントがフェルリナの手を取る。
「ひとまず、宿舎で腰を落ち着けよう」
アルヴェントに手を引かれるまま、騎士団の宿舎に入る。フェルリナの後ろにロベスだけでなく、ナレットやチェルシーもついてきた。
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