17 団長が花嫁の手を引く姿を見る日が来るなんて……っ!


 途中ファングウルフの襲撃に遭ったものの、その後は何事もなく、フェルリナ達は予定どおり四日後にはゴビュレス王国の王城に到着した。


 さすが、魔物の討伐が多いゴビュレス王国というべきか、王城の一画を占める騎士団の宿舎は驚くほど大きく立派だった。


 すくそばにうまやや鍛冶場まで備えているらしく、到着した時にはアルヴェントに随行ずいこうした騎士達以外の騎士や、従者達が出迎えのためにずらりと並んでいる。


 団長を務めるアルヴェントの人望ゆえに違いないが、あまりの人数の多さに、馬車の窓から外を見たフェルリナはすっかり萎縮いしゅくしてしまったほどだ。


「大丈夫だ。俺がついている。それに騎士団の奴らは気のおけない者ばかりだ。心配することは何もない」


 フェルリナの様子に気づいたのか、馬車を降りる前に、穏やかに微笑んだアルヴェントに力づけられる。が、すぐに緊張が解けるものではない。


 今日は王城に着くということで、朝からナレットとチェルシーによって綺麗な若草色のドレスに着替えさせられたが、立派な騎士服に身を包んだアルヴェントの隣に立てば、どう考えても見劣りするに違いない。


「フェルリナ?」


「は、はいっ!」


 不安に思っている間にも、馬車はゆっくりと進み、宿舎前の広場で止まる。


 アルヴェントに名を呼ばれ、フェルリナは座ったまま、ぴんと背筋を伸ばした。


「大丈夫か? 立つのも難しいようなら、抱き上げて降ろしてもいいが……」


「ふぇっ!? いえいえいえっ! そんなわけにはまいりませんっ!」


 とんでもないことを言い出したアルヴェントに、千切れんばかりに首を横に振る。


 そんなことになったらどれだけの注目を集めることか。恥ずかしさのあまり、絶対に心臓が爆発する。


「大丈夫ですっ! ちゃんと自分の足で歩けます!」


 そんな姿を人目にさらすくらいなら、何があろうと自分の足で立ってみせる。


 気合いを込めて立ち上がったフェルリナに、アルヴェントが笑みをこぼす。もしかしたら、アルヴェントなりの冗談まじりの励ましだったのかもしれない。


 一足早く馬車を降りたアルヴェントが柔らかな笑みを浮かべてフェルリナを振り返る。差し伸べられた大きな手のひらに指先を重ね、フェルリナは明るい秋の午後の陽射しの中へと出た。


 途端、わあっと歓声が上がり、フェルリナは反射的にアルヴェントの手をぎゅっと握りしめる。


「聖女様っ! ゴビュレス王国へようこそ!」


「どうか、ゴビュレス王国に聖女の加護を!」


「団長が花嫁の手を引く姿を見る日が来るなんて……っ!」


「っていうか、どう考えても美少女と野獣じゃね……!?」


「団長、ずるいぃ……っ!」


 歓声にまじって何やら不穏な声が聞こえてくる。おろおろとアルヴェントを見上げると、アルヴェントはなぜか精悍な面輪に自慢げな表情を浮かべていた。むふーっ、と小鼻がふくらんでいる。


「アルヴェント様?」


 やはりゴビュレス王国へ帰ってこられたのが嬉しいのだろうか。


 そっと呼びかけると、アルヴェントが我に帰ったように咳払いした。


「ひとまず宿舎に入って、王城の部屋の用意が整い次第、そちらに移ろう。国王陛下や王妃殿下への正式な挨拶は、近いうちに日を改めて――」


 説明するアルヴェントの声を遮るように、騎士達の一部がざわめく。


 そちらに目を向けたアルヴェントが、「なんでだよ……」と額を押さえて呻いた。

 が、小柄なフェルリナには、人垣の向こうで何が起こっているのか、背のびしても見えない。


 ざわめきがどんどん大きくなり、騎士や従者達があわてふためいて、ざっと地面に片膝をつく。二つに割れた人垣の間を悠然と進んで来たのは。


「父上……。母上に兄上まで……」


 アルヴェントの低い呟きを耳にした途端、フェルリナは雷に打たれたようにさっと膝を曲げ、ドレスをつまんで恭しくこうべを垂れた。


 アルヴェントの両親と兄ということは、ゴビュレス王国の国王夫妻と第一王子に他ならない。


「アルヴェント、よく戻った。予定どおりの日程で帰ってこられて何よりだ。道中、つつがなく過ごせたか?」


「はい。帰途で一度ファングウルフの群れに襲われたものの、聖女の助力もあり、幸いにも誰ひとり怪我を負うことなく帰還できました」


 穏やかな国王陛下の声に、背筋を伸ばしたアルヴェントが恭しく応じる。


「それは幸甚こうじん。それで、おぬしの隣にいるその者がクライン王国で得た聖女殿か?」


「はい。俺の妻になってくれたフェルリナ嬢です」


 胸を張り、誇らしげに宣言したアルヴェントとは反対に、フェルリナはさらに深く頭を下げて、震えそうになる声を抑えて口上を述べる。


「ゴビュレス国王陛下、並びに王妃殿下、王太子殿下に拝謁はいえつする幸運を賜り、恐悦至極に存じます。お初にお目にかかります。クライン王国から参りましたフェルリナ・ヨーライルでございます」


 着いてすぐに国王陛下達に拝謁するなんて、まったく全然、予想だにしていなかった。想像の埒外らちがいすぎる。


 ナレットとチェルシーに、ちゃんとドレスを選んで、髪を結い上げておいてもらってよかったと感謝しながら、フェルリナはかつて習った淑女の心得を必死に思い出す。馬車の旅の間にしっかり復習しておけばと悔やんでも、後の祭りだ。


「フェルリナ嬢。はるばるゴビュレス王国へ嫁いでくれて感謝する。楽にしておもてを上げてくれ」


「ありがとうございます」


 国王陛下の許しに、フェルリナは緊張に全身が震えそうになるのを感じながら、ゆっくりと顔を上げる。


 と、アルヴェントがそっと手を差し出した。どうやら立ってよいということらしい。


 王族を除き、他の者が全員膝をついている中、立つのは恐縮するが、従わないわけにはいかない。フェルリナはアルヴェントの手のひらに手を重ねて立ち上がると、国王たちと相対した。


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