16 あまり殿下を刺激するものじゃない


「小熊連れの母熊は気が立っているというだろう? 聖女様をたたえたい気持ちは大いに同意するが、あまり殿下を刺激するものじゃない。団内で血の雨を降らせるのはご法度はっとだ」


「なるほど! 母熊……っ!」

「言い得て妙ですね……っ!」


 ロベスの言葉に、団員達から口々に同意の声が上がる。


「おいっ、ロベス! 誰が母熊だっ!?」


 がう、とアルヴェントが不満の声を上げたが、見事にロベスに無視された。


 主ではなくフェルリナを振り返り、ロベスがにこやかに微笑む。


「フェルリナ様、団員達の無作法をお許しください。先ほどのフェルリナ様の聖女の魔法があまりに見事でしたので、お礼を申し上げたいだけなのです。ファングウルフとは何度も戦っておりますが、今日ほど危なげなく勝てたことはありませんから。これも、フェルリナ様の聖女の魔法のおかげでございます」


 恭しく一礼したロベスに続き、周りに集まっていた団員達も口々に話しかけてくる。


「ほんとすごかったです! こう、ぶわーっと力があふれてくる感じで!」


「途中、ひやっとする場面もありましたが、聖女様の魔法のおかげで無傷でした!」


「オレ、ファングウルフを一太刀で倒せたのなんて初めてですっ!」


「なんかもう、レベルアップしたんじゃないかと思えるほどで……っ!」


「何言ってるんだよ! お前この間レベルが上限を迎えたって言ってただろ?」


「いや、そうなんだけどさぁ。聖女様が魔法をかけてくださった途端、何か身体中に力がみなぎって……」


「わかるわかる! オレも感じた!」


「え……?」


 わいわいと騒ぐ騎士達の言葉に、フェルリナはかすれた声を上げる。


「レベル上限に達されている方がいらっしゃるんですか……っ!?」


 ステータスボードで確認すると、レベルだけでなくクラスや素質も見ることができるが、達することができるレベルの上限は、素質によって個々人で異なる。


 一般的に素質があるクラスでレベル上限は二十五から三十くらい。素質に恵まれた者でも三十五を超えられる者は滅多にいない。四十を超えることができれば、天賦てんぶの才を持っていると讃えられる。


 クライン王国の騎士達の平均レベルは十台半ば。だというのに、まだまだ若い騎士達がすでにレベル上限に達しているとは。


「ゴビュレス王国は魔物の襲撃が多い。第二騎士団となれば、魔物の襲撃が多い季節は討伐続きになるからな……。いやでも、どんどんレベルが上がってしまうんだ……」


 背中側から、アルヴェントの低い声が降ってくる。


「……危険と隣り合わせの国だと、嫌になったか?」


「い、いえ……っ! その、レベル上限に達している方にお会いしたのは初めてなので、びっくりしてしまいまして……っ」


 ふる、とかぶりを振ったところで、自分がまだアルヴェントの腕の中に閉じ込められていることに気づく。


「あ、あの……っ」


 頬に熱がのぼるのを感じながら身じろぎすると、「す、すまん!」とぱっと腕がほどかれた。


「い、いえ……」


 アルヴェントを振り返ることができず、もじもじと視線を落としていると、「そういえば」と興味津々な様子のロベスに話しかけられる。


「フェルリナ様の聖女の魔法は見事なものでしたが……。フェルリナ様のレベルはおいくつなのですか?」


「私ですか? その……」


 視線を伏せたまま、ぼそぼそと答える。


「実は、ここ数年、ステータスボードを確認していなくて……」


 ステータスボードを見れば、まったく発動しない聖女の加護があることを、嫌でも見なければならない。


 どのレベルの魔物ならば安全に戦えるかが、怪我の有無に直結する騎士達と異なり、後衛で魔法を唱えるだけのフェルリナは、レベルがはっきりしなくても特に問題はないため、ここ数年、ステータスボードにはふれてさえいなかった。


「申し訳ありません……」


 身を縮めて詫びると、ロベスに穏やかな声で慰められた。


「謝らないでください。十人もの騎士に二つの支援魔法を重ねがけされていたので、何レベルでいらっしゃるのか、興味が湧いただけなのです。さすが聖女であるフェルリナ様。素晴らしい腕前でございました。団員を代表してお礼申し上げます」


「そ、そんなっ、お礼だなんて……っ!」


 恭しく一礼され、あわててぷるぷるとかぶりを振る。


「私は自分にできることをしただけなので……。でも、それがみなさんのお役に立てたのでしたら、本当によかったです……っ!」


 胸に湧き上がる喜びに誘われるまま、にっこりと微笑むと、騎士達の間から「ふぁあ〜」だの「ほわぁ」だのと謎の声が上がった。


「おい、ロベス」


 不機嫌そうに名を呼んだアルヴェントが、空の木の椀をロベスに放り投げる。


「おかわりを入れて俺の天幕まで持ってこい。フェルリナ、後はロベスに任せよう」


「まだお食事の途中でしょう? わたしがお持ちしますので、フェルリナ様はごゆっくりなさってください」


 木の椀を危なげなく受けとったロベスにも笑顔で促され、フェルリナはおとなしくアルヴェントに腕を引かれて天幕へと戻る。


「すまないな、うるさい奴等で……。嫌な思いはしていないか?」


 天幕に戻って椅子に座り直したところで、アルヴェントに申し訳なさそうに謝られ、驚く。


「とんでもないことです! みなさん、和気あいあいとしていて……。うらやましいくらいです」


「羨ましい? あれが?」


 ぶんぶんとかぶりを振って答えると、アルヴェントが驚いたように黒い目を瞬いた。


「はい。クライン王国では、加護なしの私に親しげに話しかけてくれる人はいなかったので……。ですから、とても嬉しかったです」


 自分の魔法が誰かの役に立てたのだと思うと、喜びで胸が弾けそうだ。


 ぎゅっと胸元を押さえ笑顔で告げると、アルヴェントがうぐっと小さく呻いた。


「そ、そうか……。きみが嫌な思いをしたのでなければいいが……」


 呟いたアルヴェントのまなざしが不意に鋭さを増す。


「だが、いいか! もし無遠慮にべたべたしてくるような団員がいたらすぐに言ってくれ。俺もロベスもちゃんと教育してるつもりだが、浮かれて範を乱す輩が出ないとも限らんからな」


「は、はい。お気遣いいただきましてありがとうございます」


 少し話しただけだが、団員の騎士達はみな人懐っこくて心配ないように思える。


 が、アルヴェントの険しい表情を見ているとそう答えるのも悪い気がして、フェルリナは素直に頷いた。


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