15 野営の夜に
街道からわずかに森に入った比較的ひらけた場所。天幕で囲んだ中心では、ぱちぱちと焚き火が音を立てている。周りの木々が宵闇に沈もうとする中、だいだい色の炎を揺らめかせる焚き火は、見ているだけで心がなだめられる心地がする。
焚き火にかけられているのは、野営用の大鍋だ。日持ちする野菜や干し肉、きのこなどが入ったスープは、すでに木の
「アルヴェント様、スープのおかわりをいただいてきましょうか?」
入り口の幕を開けた天幕で、アルヴェントとともに折り畳みの椅子とテーブルで夕食をとっていたフェルリナはアルヴェントの椀が空になったのに気づいて立ち上がった。
アルヴェントの体格だ。スープ一杯だけでは足りぬだろう。
「いや、きみに行かせるわけには……」
あわてて立ち上がろうとするアルヴェントをやんわりと制し、椀を手に取る。
「アルヴェント様は今回の討伐で一番活躍されたのですから。少しくらい、ゆっくりなさってください」
返り血を洗い流して着替えたアルヴェントは、血まみれになっていた時の威圧感はまったくない。だが、腰に
「では、お願いしよう」
「はい。少しお待ちください」
笑顔で応じ、焚き火に近づく。
「アルヴェント様にスープのおかわりをいただいてよいでしょうか?」
団長であるアルヴェントがまだ二十代前半と若いからだろうか。騎士達も若い者が多い。
火の番だろうか、焚き火の周りに座っていた三人の騎士に声をかけると、騎士達が目を見開いて振り向いた。かと思うと、三人ともすごい勢いで立ち上がる。
「聖女様! いやぁ、助かりました!」
「防御力アップに攻撃力アップ……っ! あれが聖女様の魔法ですか! すごい効果ですねっ!」
「初めて聖女様に魔法をかけていただきましたけど、すごいですね、あれは! おかげで危なげなく討伐できましたよ!」
「あ、あのっ!? あのあの……っ!?」
アルヴェントほどではないとはいえ、小柄なフェルリナより頭ひとつは大きい騎士達に取り囲まれてうろたえる。勢いに呑まれ、反射的に後ずさると、大きな手のひらに両肩を掴まれた。
「……おい。俺の目の前でフェルリナにちょっかいをかけた上に怯えさせるとはいい度胸だな」
低い声に、振り向くより先に背後に立つのが誰なのか知る。
が、どうしたのだろう。いつも以上に声が低い。
「も、申し訳ございません。おかわりをお待たせして……っ! すぐに……っ」
やっぱり、スープ一杯程度では全然足りていなかったのだ。すぐにおかわりを入れようと前へ出ようとすると、上から伸びてきたアルヴェントの手に、ひょいと木の椀を奪われた。
かと思うと、もう一方の腕がフェルリナの腰に回り、ぐいと引き寄せられる。
「ア、アルヴェント様っ!?」
「団長っ! 誤解ですっ! オレ達は別にちょっかいなんて……っ!」
「そうですそうですっ! ただ、聖女様に感謝を伝えたくて……っ!」
「というか、怯えさせるって言うなら、団長の
フェルリナの驚きの声に、騎士達の抗議の声が重なる。
最後の言葉が急所に入ったのか、アルヴェントが「うぐっ」と呻いた。
「ちょっ!? お前正直に言いすぎ……っ!」
「団長だって、見ただけで女子どもに泣かれるのを密かに気にしてるんだから……っ!」
「お前らだって言ってただろ! きっと聖女様だって内心では……っ!」
「お前らな――」
「違いますっ!」
フェルリナの澄んだ叫びに、騎士達だけでなくアルヴェントも口をつぐむ。
かまわずフェルリナは言い切った。
「違いますっ! アルヴェント様は見た目は少し
これほど大声を出したのはいつぶりだろう。
はっきりきっぱり断言したフェルリナに、三人の騎士達の目がこぼれんばかりに見開かれる。かと思うと。
「すげぇっ! 正真正銘の聖女様だっ!」
「団長のことをこんなにべた褒めなんて……っ!」
「団長っ! こんな心清らかな聖女様をどうやって
「騙してないっ! いや、騙して、は……」
反射的に叫び返したアルヴェントの語尾がもごもごと消えたのは、フェルリナにとっては騙し討ちのように婚姻を結んだせいだろうか。
が、そこに騎士達が噛みつく。
「やっぱり何か犯罪行為を……っ!?」
「でないと、こんな可憐な聖女様が団長の奥さんになるなんてありえませんもんね!?」
「いやもう、いまのこの姿だけで犯罪臭がぷんぷん漂ってますし……っ!」
「どう見ても誘拐犯とご令嬢だよな?」
「いやむしろ、熊と獲物のうさぎじゃないか?」
三人の騎士達ばかりか、周りで食事をとっていた他の騎士達もわらわらと寄ってきて好き勝手なことを言い始める。
「ちょっと! フェルリナ様のたとえはもっと可憐でお可愛らしいものにしてよね! 確かに、うさぎも可愛らしいけれどっ!」
「えぇ~、じゃあ何だろ~? 女神様と野獣?」
いつの間にか、ナレットとチェルシーまで騒ぎに加わっている。
そこでようやく、フェルリナは腰に手を回され、アルヴェントにしっかと抱き寄せられていることに気がついた。
「あ、あの……っ!?」
「お前らなぁ……っ!」
あわあわと上げた声に、アルヴェントの怒りを抑えつけたような唸り声が重なる。
一触即発な雰囲気に、身を強張らせたところで。
「殿下。落ち着いてください。お前達も、いくら殿下がからかいがいがあるからと言って、刺激しすぎないように!」
ぱんぱん! と手を打ち鳴らす音に次いで、ロベスの落ち着いた声が響く。
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