12 ゴビュレス王国への旅
ゴビュレス王国までは約半月ほどの旅だ。
クライン王国の王都からさほど離れていない場所なら、宿に泊まることができるが、国境付近に近づくにつれ、野営の日も多くなる。アルヴェントが教えてくれたところによると、クライン王国内に入ると、野営ばかりになるという。
「不便をかけて申し訳ない」
とアルヴェントに謝られたが、野営はクライン王国の騎士団の遠征で慣れている。
そればかりか、仮にも第二王子の妃ということでフェルリナ専用の立派な天幕まで用意してもらえるのだから、不満などあるはずがない。むしろ、あまりの高待遇に畏れおののいて、
「私専用の天幕なんて、申し訳なさすぎます! 他の方と同じ天幕で十分です」
とアルヴェントに訴えたが、
「第二王子の妃を軽々しくは扱えん。何より、クライン王国から譲り受けた聖女であるきみを
と言われてしまった。フェルリナには政治のことはわからないが、そう言われてはおとなしく従うしかない。
恐縮するフェルリナに対し、フェルリナ付きになったチェルシーとナレットは、
「きゃ――っ! フェルリナ様付きになったおかげで、立派な天幕にご一緒できて幸せですぅ~!」
「フェルリナ様、ありがとうございますっ! ゴビュレス王国へ戻った後も、私どもを側付きにしていただければ……っ!」
と大喜びだった。今回、アルヴェントの供として同行している騎士は十人ほどだから、女性騎士はナレットとチェルシーの二人だけらしい。
初めての異国への旅だというのに、緊張でがちがちにならずに済んでいるのは、ナレットとチェルシーが親しげにあれこれ話しかけ、世話を焼いてくれるからだと思うと、二人には感謝しかない。
クライン王国とゴビュレス王国の国境は、深い森になっている。馬車が行き来できる街道は通っているものの、道は森を切り開いた土の道で、ほんのわずかに道を外れるだけで、
行程の三分の二以上を消化し、フェルリナ達は昨日からゴビュレス王国内に入っていた。
フェルリナが乗っているのは、初日から変わらずアルヴェントの馬車だ。
最初は緊張のあまりほとんど話せなかったフェルリナだが、左頬に黒紫の傷のある恐ろしげな容貌とは裏腹に、アルヴェントは細々と気を遣ってくれてとても優しい。
ゴビュレス王国のことを知りたいというフェルリナの願いに応えて、ここ十日ほどの間、ゴビュレス王国のさまざまなことを教えてくれている。
「鬱蒼とした森の深さに驚いただろう?」
ゴビュレス王国の王都について話してくれていたアルヴェントの話が終わり、見るともなしに馬車の窓から外を眺めていたフェルリナは、低い声に我に返って前を向いた。
対面に座ったアルヴェントが、困ったような表情でこちらを見ている。黒い瞳に宿っているのは、フェルリナを気遣うようなまなざしだ。
「クライン王国と違い、ゴビュレス王国は山がちで森が多い。少しずつ開拓はしているが、まだまだだ。……魔物の襲撃も、クライン王国とは比べ物にならぬほどに多い」
魔物の多くは森や山、川などの自然に潜み、人を襲う。だが、森は危険な場所であると同時に、多くの恵みをもたらしてくれる場所でもある。
材木や
そうした民の暮らしを守るために、一匹でも多くの魔物を退治するのが、アルヴェントが率いる騎士団の役目だ。
魔物が巣食う土地と境界を接しているゴビュレス王国では、魔物の出現頻度も、出現する魔物の脅威度も、クライン王国の比ではないという。
事実、森の街道に入った昨日からは、アルヴェントの指示で、馬車の周りを警護する馬に乗った騎士達もずっと警戒態勢を取り続けている。アルヴェントもクライン王国にいた時とは異なり、万が一の襲撃に備えて、がっしりした身体に革の
フェルリナも着慣れぬドレスを纏うよりも旅装のほうが楽ですとアルヴェント達を説得し、チェルシーに借りた動きやすい服装に変えている。
「これでも、街道沿いなのでマシなほうだ。すまないな、こんな森ばかりの国に無理やり連れて来て――」
自嘲するようなアルヴェントの声音は、まるでフェルリナの非難を待っているかのようにも聞こえる。
いったい、どうしたのだろう。アルヴェントの真意を問おうと口を開こうとして――。
不意に、馬車の周りがざわめく。
「ファングウルフの群れですっ! 数は二十匹ほど!」
警戒に当たっていた騎士の声に、ロベスの声が重なる。
「群れのリーダーは変異種! レベル三十のレッドファングウルフだっ! 気をつけろ!」
ロベスの言葉にさらに緊張が高まり、馬車が大きく揺れて止まる。
魔物の脅威度はレベルで表される。クライン王国の一般的な騎士のレベルが十台前半。上位の騎士で二十に届くかどうかだ。
レベル三十もある変異種なんて、フェルリナは見た経験すらない。
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