10 アルヴェント様がいらっしゃったのは――。
「ナレット! チェルシー! お前達、フェルリナに何をした!?」
「ぎゃ――っ! 団長……っ! す、すみませんでした――っ!」
「そのっ、フェルリナ様があんまり可愛かったので、つい気合いが入っちゃってぇ〜!」
扉の向こうから聞こえてきたアルヴェントとナレット達の声に、寝台で横になっていたフェルリナは身を起こした。
お風呂でのぼせた後、夜着に着替えて寝台に横になっていたのだが、そのままうたた寝してしまったらしい。
そろりと寝台から下りて靴を履き、扉へ近づく。
「まったく! お前達を信頼してフェルリナを任せたというのに、寝込ませるとは……っ!」
二人を叱るアルヴェントの声が聞こえ、あわてて扉を開ける。フェルリナがのぼせたせいなのにナネット達が叱られては申し訳ない。
「すみませんっ、アルヴェント様っ! 私が悪いのですっ! ナネット達を叱らないでくださいませ!」
開けるなり、がばりと頭を下げると、ほどいたままのくすんだ金色の髪がさらさらと肩をすべり落ちた。
「フェルリナ! 大丈夫なのか!? 夕食も不要だと聞いたが……っ!」
大きな手にがしっと両肩を掴まれ、力任せに身を起こされる。黒い瞳にはあふれんばかりの心配が宿っていた。
「は、はいっ! ちょっとお風呂でのぼせてしまっただけなので大丈夫ですっ! ご心配をおかけして申し訳ございませんっ! 食事にも出られず、大変失礼いたしました。騎士団の皆様に、ご挨拶しなければならなかったのでしょう……?」
アルヴェントに心配と迷惑をかけてしまったのだと思うと、申し訳なくて顔を見られない。
「挨拶など、どうでもいい。もともと形式ばったことを好まない面々だからな。それより――、っ!?」
フェルリナを見下ろしたアルヴェントが息を呑んで動きを止める。
かと思うと、肩を押されて強引に後ろを向かされた。ぐいっとフェルリナを部屋に押し込んだアルヴェントが、後ろ手に乱暴に扉を閉める。
「団長っ!?」
「どうなさったんですかぁ!?」
締め出された形になったナレット達の声をかき消すように、アルヴェントの叫びが響く。
「なんで夜着で廊下へ出てくるんだっ!?」
「ふぇっ!? す、すみませんっ!」
叱られ、反射的に謝罪する。
「ナレットさん達を叱るアルヴェント様のお声が聞こえたので、とにかく止めないとと思いまして……っ!」
「別に叱ってなど……。いや、確かに多少、声は荒らげたが……」
そっぽを向いてぼそぼそと呟いたアルヴェントが、顔を背けたまま「とにかく!」と声を張る。
「夜着姿なのに無防備に扉を開けるな! 誰かに見られたらどうするつもりだ!?」
「も、申し訳ございません……っ!」
身を縮め、深々と頭を下げると、「いや……」と気まずそうな声が降ってきた。
「す、すまん。叱りたいわけじゃないんだ。その……。体調は大丈夫か? 寝込んだのは強行軍のせいだろう? 悪かった、無理をさせて……」
「い、いえっ! 謝らないでくださいっ! アルヴェント様のせいじゃないんですっ! 私が勝手にのぼせ、て……」
のぼせた原因を思い出し、恥ずかしさに語尾が消える。
うつむいた視界に、前に立つアルヴェントの足元が入る。アルヴェントも湯浴みして着替えたのだろう。王城で見た正装ではなく、仕立てのよい黒いズボンに履き替えている。
フェルリナの部屋に来た理由は、体調を心配してだろうか。それとも、チェルシーが言っていたように――。
ちらりと考えただけで燃えるように顔が熱くなる。緊張と不安で、立ったまま気を失いそうだ。
「どうした?」
フェルリナの様子がおかしいのに気づいたらしい。心配そうに問うたアルヴェントの手が伸びてくる。
「ひゃっ!?」
そっと頬を包まれ、思わず悲鳴が飛び出す。途端、アルヴェントの手のひらがぴくりと震えた。
「すまん。嫌だったか」
すっ、と引かれた手を反射的に両手で掴む。
どうして掴んでしまったのか、自分でもわからない。
何か言わねばと思うのに、口を開けばばくばくと跳ねる心臓が飛び出しそうで、言葉の代わりに骨ばった手をぎゅうっと握りしめる。
「フェルリナ? どうした?」
困ったようなアルヴェントの声。耳に心地よく響く低い声に、ますます混乱が加速する。
嫌で悲鳴を上げたわけではない。でもそれを何と伝えればよいかわからず、かと言って気になっていることを
「そのっ、嫌じゃないんです……っ! でもあの、えっとえっと……っ!」
「……よくわからんが、無理はするな。休んでいたのに邪魔をして悪かった」
アルヴェントがフェルリナの両手から、そっと手を引き抜こうとする。
どことなく物哀しげな声に、放すまいとさらに強くアルヴェントの手を握りしめ。
「あのっ、アルヴェント様がいらっしゃったのは、初夜のためですかっ!?」
混乱の極みに達し、
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