錬金術師と相談と

 カタカタ、と。整備されず陥没個所も顕著な石畳を車輪が通過する度に悲鳴を上げる。郊外の石道を馬車はゆっくりと進む。本来はのんびりとした旅馬車ではあるまいし、速度を上げたいのはやまやまではあるが、下手をすれば車軸が折れかねぬ悪路で焦りは禁物。御者にはギルドを出立する折に時間は気にするな、と事前に申し含めていた。


 それに、と私は車窓からの光景に視線を送る。周囲は既に田園ならず。決して栄えているとは言えずとも疎らに店舗らしきモノが点在する大通り。しかしながら印象通り。噂に違わぬ治安の悪さを醸し出す空気感。貧民街スラムに隣接する郊外の僻地。目的の地である夜の帳亭は既に目前であった。


 私はマリアベル.マルレーテ。公私共に合わせて。ギルドの職員として。組合長補佐として。この地を訪れていた。


「貴方は此処で待っていて」


 軈て馬車は止まり、客車の扉を開けてくれた御者に声を掛ける。彼もギルドの職員であり決して同伴をいとんだ訳では無い。理由は単純に。この場に無人の馬車を残すのは無謀に過ぎると感じたからだ。一時空けて戻って見れば馬車を盗まれましたでは。まして不注意で帰りの足を失ったでは笑い話にもなりはしない。


 頷く御者に笑顔を向けて私は歩みを進める。通りを渡り視界に映るのは夜の帳亭。間口は狭くこじんまりとした平屋の店舗。当然、周囲に人の気配は見られない。そもそも、この立地では需要として飲食や必需品の売買以外での商売が成り立つとは思えなかった。まして装飾品を扱う店など採算が合う合わぬ以前に強盗に押し入られて終わりだろう。


 しかしそれは一般論として語ればの話。


 まだ年若い女店主の装飾品を扱う店。こんな治安が悪く無法が罷り通る様な場所で、それでも彼女自身も店も事無きを得ているのには相応の理由があった。逆説的ではあるが無法もまた法が無いと言う意味において道理は存在しているのだ。非合法と名を変えて。理不尽な暴力で保たれる秩序がある。彼女の背後にはそんな『力』を行使する連中がついている。そんな連中に庇護されている。


 思い浮かべて知らず眉根を寄せてしまう。


 今後は正式に私たちが後ろ盾となる以上、薄闇を彷徨く連中とは手を切らせ関係を清算させてしまいたい。とは思うが、連中の存在は彼女にとって『今はまだ』必要悪なのだろう。ゆえに先を語るには時期尚早。文字通り時を待とう。機が熟すその時まで。


「お邪魔するわね」


 カラン、と鈴の音が付いた押し扉を空けて私は店内に歩みを進める。雰囲気作りの為か目張り窓ゆえに日中であっても売り場は薄暗い。棚に並べられた銀細工の装飾品の数々だけが静寂の内。室内灯の淡い光に照らされて時折淡く発光していた。


 此処までの情景であれば流石は錬金術師を名乗る人物の店、と。相応に空気感を出せている、と。思えなくはない。極めて狭く限定した範疇での話であれば、だ。品々の細工は精巧で素晴らしい。私自身、魔術師として、元冒険者として。大陸を巡り見識を深めて来たと言う自負もある。銀とは魔力の伝達率に秀でた金属であり、広く魔具としてまた貴族のみならず市井の内でも魔除けとしての人気も高い。だが希少とまでは行かないが安価とは言い難い為に利益を得るのは意外に難しい。それでも錬金術師が扱うには相性的にも相応しく目の付け所は悪くない。


 然しながら、と。


 やはり私は注釈を付けてしまう。良く目を凝らせば薄っすら埃が被り。まるで手入れがされていない商品や店内の様子は、客層を踏まえてもまるで売る気がないと言う以前に店主の。彼女の商売意識の低さと比例する生活力の無さを同性として心配になってしまう。術師と言う区分に絞って言えば社交性に欠ける者は珍しく無い。特に工房を有し魔法の探究に心身を削る学者肌の術師は顕著にその傾向が強く。語弊無くまさに彼女がその典型的な代表例と言っても良い存在だろう。


「それだけに、ね」


 彼女、クリス.マクスウェルを待ちながらつい呟きが漏れてしまう。こうして直接店を訪れた事で確信を深める。彼女の輝かしい魔法的資質と商人としての才は決して比例するモノではないのだと。さながら陰と陽。あの若さでどれ程の知識と才覚があればあれだけの妙薬モノを生み出せると言うのだろうか。私では基礎となる術式の構成すら思いが及ばない。至るべき道の枝葉すら掴めない。体系こそ異なれど『固有魔法オリジナル』まで一系統を誰よりも突き詰め研鑽を重ねて来た者だからこそ。私には理解出来てしまうのだ。思い知らされてしまうのだ。分野が異なる。畑違いだから。と、そんな陳腐な言い訳が介在出来ぬ程に魔法師として彼女は規格外であり、自分などが遠く及ばない出鱈目な存在であるのだと。ゆえにこそ。何故そんな存在が商いの真似事などを、と。邪推なく思ってしまう事がある。


「お待たせしました。マリアベルさん」


 唐突に。思考の外から掛けられた鈴の音に、店の戸口で自分が彼女を呼んでいた事を思い出す。待ち人の到来を予期せず迎えた己の滑稽さに思わず苦笑してしまう。


「ご足労おかけして申し訳ありません。本来であれば相談がある此方が出向くべきでしたのに」


「気にしないで。丁度、区画整備の件で貴女に報告もあったし。出向いた方が相談を受けるにしても都合が良かったのよ」


 冒険者ギルドも決して組合長の下。一枚岩の組織とは言えない。人間関係の軋轢も派閥争いも往々として存在している。だからこそ、この手の話題をギルド内で交わすのは避けたかったと言うのは隠せぬ本音。もう一つ正直に言えば、契約商人になったからとて、彼女を余りギルドに通わせてギルド内の人間に周知されるのは私もビンセントも望んでいなかった。良くも悪くも。善も悪しきも。彼女は印象に残る目立つ存在である事は間違いないからだ。


 私は対面する彼女に向けて視線を落とす。室内ゆえだろう、外套を羽織っていない素顔の少女が瞳に映る。


 黒曜を宿す瞳。対を成す艷やかな長い黒髪。端正な顔立ちは現実感が希薄で神秘的。印象からして異彩を放ち。知己を得てから既に二年と半ば。長く無く、さりとて短くはない営みの内で。魔法師特有の特性ゆえか彼女は出会った頃と何も変わらない。ソレはまるで永遠の少女を想起させる。錬金術師クリス.マクスウェルとはそんな人物であった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る