第23話  リンの決断

 上空に最新型の飛空艇が到着し、垂直下降を始めようとしている。

 夜空に浮かぶ銀色の月を遮るようにして、飛空艇の機体が銀色に輝くように見えた。


「僕の母方の親族がアークレイリで待っている、君たちを保護してくれるようにお願いしているから何も心配はいらない」


「リンさん、行きましょう」

「リンちゃー、いっちょにパパまとーねー」


 私の服の袖を掴むエッカルトの腕が小刻みに震えていることに気がついた。しっかりしていると言っても4歳、大人の庇護が必要なのは当たり前だ。


「リン、僕が絶対に迎えに行くから、アークレイリで子供たちと待っていてくれ」

「・・・」


 ドロテアは、私のことをヒロインだって言うんだけど、全然そんなんじゃないよ。ヒロインはさ、酒に呑んで呑まれて呑んでで、男なんか自分の家に引っ張り込んだりしないのよ。


 ヒロインだったらさ、こんな場面に出会したらば、即座に、

「子供たちのことは私に任せて!」

 くらいのことは豪語する、きっとドロテアだったら二つ返事でOKしているって。


「リンちゃー?」

「リンさん?」


 子供たちは可愛い!めちゃくちゃ可愛い!妻とかさ、母とかさ、そんな大それた立場になるとか、そういうことは別として、この子達を守るために、護衛として船に乗り込みたいよ。北大陸に位置するアークレイリでハインツのお帰りを待ちたいよ。


 だけどさ、だけどなんだけどさ、私の心の中央には、未だにあの、ファンタジー色に溢れた紺碧の髪の毛の男が鎮座していて、退いてくんねえんだよ。


「リン?」


 これが五日前だったら、一族を置いて子供たちと一緒にアークレイリに向かっていたかも。だってそれだけ可愛いもん。ハインツが向けてくる真摯なまでの愛情とか、流石にこっちも分かるっていうか、子供たちを任せるだけの信用をしてくれているんだな、とか分かるもん。


 だけどさ、だけどなんだけどさ、本当に、私は、アホで、バカで、トンマで間抜けで、今後絶対に会うことのない、商人一人を引きずって、あなた達の優しい手を取れないでいる。


「行けたらいいんだけどな〜」


 涙がポロポロ溢れてきたけど、もう、これは仕方がない。ハインツと二人の子供をぎゅっとまとめて抱きしめた。


 とにかく、今後、絶対に会うことのない商人のことは、心の中にあるマンホールの奥底に放り投げて、分厚い蓋をガッチリと閉めてしまおう。そうした上で、私が選択する行動はたった一つだけ。


「リン・ヴィトリア・アヴィスはフィルデルン王国陸軍所属、第三十八部隊、部隊長、百人を指揮する百人隊長なんだ。国の危機となれば、前線まで出向いて行って、みんなの大事な人を敵国から守るのが私の仕事なんだよ」


 涙でぐちゃぐちゃの顔でも構わない。


「ありがとう!ありがとう!」

「リン?」


「こんな私を逃してくれようとしてくれて、本当に感謝している!だけど、私は黒の一族の長の一人娘であり、王家に嫁ぐまでは軍への出兵を義務付けられている。私が出兵しなければ、黒の一族は全員、皆殺しは確実。私は絶対に、族長の娘として、敵軍を迎え撃たなければならない」


「黒の一族の保護は僕の方で何としてでも行うよ」

「駄目だよ、禁忌の一族の理に触れたら」


 もう一度だけ、三人をまとめて抱きしめると、足元に鎧箱(ボックス)を放り投げた。

 この鎧箱に足を入れると、機械音と共に、あっという間に全身を機械鎧(オートメイル)に包み込まれることになる。


 汚染地域や武装地帯に入る時にはこの機械鎧を装備することになるんだけど、身体能力を二十倍にすることが出来る優れ物。十種類の武器も装備されるので、お値段は結構かかる代物です。


「二人とも、アークレイリは寒いから風邪をひかないように気をつけて!ハインツ様!キャンプに誘ってくれて有り難う!戦争が終わってお互い無事だったら、今度は一緒に飲みに行こう!」


 相手は貴族、こちらは平民、不敬罪とか問われるかもしれないけれど、まるで友達家族に言うような、さよならをすると、私はその場から一気に跳躍した。


 キャンプ地はケブネカイルという険しい渓谷の近くにある、敵がこちらの裏を突いて進軍するというのなら、恐らく渓谷ルートを選ぶだろう。



 この地方で一番標高の高いアーデリン山の山頂に降る雪解け水のおかげで、ローフォーテン領の人々は何とか水の確保に成功しているという状況なんだけど、隣国ビュルネイでは、干ばつが年々広がりを見せ、王都アスケーですら、地下水の枯渇で危機的な状況に陥っているらしい。


 王都を移動させるという案も浮上しているくらいで、干ばつが続く北から南へ、多くの人が移動をしている。南方に位置するフィルデルン王国へと南下を続ける人々の数はかなりの数に登ると言われている。


お水を求めて民族移動まで起こっているようなビュルネイは、国境に広がるローフォーテンを自国に取り入れたくて仕方がない。ビュルネイ公国は金を産出する鉱山を幾つも持っていて金持ちなんだけど、水がない。


 王様になりたいルーク王子は、金があるビュルネイ公国を後ろ盾とするのなら、自国の領土を切り売りしたって何の問題もないと考えているのだろう。


 王家がアドリスヴィル皇国に恭順の意を示そうと考え始めたのは、ヘイリー第一王子の後ろ盾となるラウエンシュタイ公爵領の豊富な地下水が枯渇し始めたからだ。ウィルさん曰く、皇国の水のリサイクル技術は他国とは抜きん出たものであり、豊富な水があるからこそ、果樹園での果実の栽培が成功したし、クローン牛、クローン豚の育成に成功をしたのだ。


 水の恩恵を受けるために皇国に歩み寄ろうとする王国と、自国のプライドを優先する第三王子。例え、第三王子がクーデターに成功したとしても、その後の国の運営が上手く行くわけがない。


 人は水なしでは生きられない。ラウエンシュタイン公爵領の水が本当に枯渇してしまったら、多くの国民が地獄を見ることになるのだから。


「リン・・リン・・ハリウッド映画のヒロインであるリン・ヴィトリア・アヴィス!」


 後ろから追いかけて来たのはピンク色の機械鎧(オートメイル)を着用したドロテアで・・

「ピンク!」

 思わず絶句してしまった。


 ちなみに私の機械鎧(オートメイル)は砂漠の中で目立たないようにするために赤銅色だよ?今まで黒とか銀とかの機械鎧は見たことあったけど、ピンクって!


「なんでハインツ様の子供達と一緒に行かなかったの?リンが子供達に付いて行くってなったら、リンの侍女として潜り込もうと思っていたのに!」


 木々の間を進む私を追いかけてくるドロテアは、やっぱりヒロインなんじゃないのかな?身体能力高すぎだと思うんだけど?


「だったら一人で潜り込めば良かったじゃないですか!あなた、妊婦なんですよね?私についてきても碌なことないですよ?」

「ストーカー認定されている私が、リンなしで子供達が乗る飛空艇に乗り込んだら、即座に殺されちゃうわよ!」

「確かに・・」


 この人、自分がストーカーだったって認めちゃうんだな。


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