第24話  ウブな隊長

リンさん!」

 敵が侵攻して来ているんだから、子作りキャンプなんてしている場合ではない。今回の参加者はほぼ全員、軍に関係する人たちだから、自分たちのテントは撤収して、仮の司令本部となっている救済テントに人が集まり始めている。


 今回の子作りキャンプの責任者であるコリンナは、驚いた様子で私の方を振り返ると、

「アークレイリに向かったんじゃないんですか?」

と、言い出した。


 ハインツが待つキャンプポイントに移動する際のコリンナの様子がいつもと違って見えたんだけど、責任者のコリンナは、私がハインツの子供達と一緒に移動するかもしれないということを知っていたのだろう。


「敵国が攻めて来たっていうのに、部隊長が逃げ出す訳にはいかないだろう?」


 私がそう言うと、集まった部隊員達が口々に言い出した。


「リンさんならそう言うと思っていましたよ!」

「他の男とイチャイチャしたあとで、即座に別の男に乗り換えるとか、そんなん出来ねえだろうなぁと思った!」

「商人さん!ナイスジョブ!」

「意外に隊長ウブだから、絶対に俺たちのところに戻って来てくれると思っていました!」


「う・・・」


 思わず痛む自分の胃を押さえつけた。ウブってなんだよ、みんな、私がアーンされる姿を見ていたのか。ナイスジョブってなんだよ。あのクソ野郎の所為で、変な罪悪感が生まれて、せっかくのチャンスをみすみす逃してしまったんだぞ?


「まあ!まあ!とりあえずですね、後方支援員は街に移動させることになって、第38部隊は敵の侵攻を阻止するように命令を受けています」


 コリンナの前に置かれたテーブルの上には自動モニターが設置され、空間上にローフォーテン領の詳細な地図が黄金の線となり、立体で映し出されている。


「報告ではビュルネイ公国が5万の兵士を西方の国境線を通過したっていう話しだったんですけど、現在、確認できている敵の兵力は二万。我が方の一部の軍が敵の誘導をしているとしか思えない状況です」


 ローフォーテン領はリージス山脈に囲まれた土地柄だけに、領都ギルデアを陥落させるためには兵を派兵させるポイントというものが絞り込まれて来る。その絞り込まれた場所へビュルネイ軍は姿を顕わさないのだ。


 地図を回転させて西方へと移動していくと、ケブネカイル渓谷から流れる流砂の川が隣国ビュルネイへと流れこむ様が映しだされる。昔は肥沃な大河だったものが流砂と化してているのだ。


 遥か昔、何かの実験によってこの流砂は回復不可能な程の汚染を受ける事となり、特殊加工したアルミで装備をしたとしても腐食の進行は止められない。

 酸の川とも言われるシュナの流砂があるお蔭で、ケブネカイル渓谷は不可侵の場所となり、灌木が生い茂るこの地区は貴族も避暑に訪れる、特別地区に認定されたのだ。


「リンさん、シュナの流砂に偵察に向かった部隊からの連絡が途絶えてしまったんです。酸の川が破られる事はないと思うんですけど、妙な胸騒ぎがしているんです」


 コリンナが私の命令を待つような様子で私の方を見上げると、

「ビュルネイ公国は水はないけどお金はあるのよ」

 悠然と天幕の中へ入って来たドロテアは、ピンクブロンドの髪を掻き上げながら言い出した。


「ビュルネイ公国が大金を注ぎ込んで、汚染した流砂の腐食を止める特殊メタルの開発に成功したという噂を聞いたことがあるの」

「ドロテア・ベルツ!なんでお前がここに!」


 アリーセが興奮してソニックブレードを向けようとした為、私がアリーセの手を掴んで止めた。


「お前!ハインツ様の子供を妊娠して、それでも相手にされなくて!不倫で子供を産んだら子供の扱いが悪くなるって理由で、エルマー・バールを寝取って転がして、自分の物にしたっていうのに!これ以上、私に何の用事があるって言うんだ!」


 アリーセが暴れる獅子状態となっているため、私が押さえ付けていると、後の方にいた部下が言い出した。

「いやいや、ハインツ様の子供だって話からして妄想なんだろ?」

「似たような男を捕まえて、子供を作って、好きな男の本当の子供だと妄想しているヤバイ女!」

「そのエルマーにも捨てられたらしいじゃねえか!どうしてそんな女が!今ここに!」


 部下の指摘(暴言とも言う)に再起不能になりかけたドロテアは、それでも耐え切ろうと頑張ったものの、

「なんでピンクの機械鎧(オートメイル)なんか着ているの?特注品にしても、おばさんにピンクカラーは痛すぎるわよ!」

 と言う容赦ない言葉に膝をついた。


 哀れヒロイン、今までの行いが悪すぎて再起不能となっている。


「隊長、なんでこの人がここに居るんですか?」

 コリンナの質問に、ドロテアを立ち上がらせながら私は答えた。


「領主様とその貴族達が、私たちを裏切ってローフォーテン領を隣国ビュルネイに切り売りすることにしたんだってことを私に教えに来てくれたんだよ」


「「「「はああ?」」」」


 天幕の中に集まった三十人ほどのメンバーが驚きの声を上げる。


「みんなも知っての通り、フィルデルン王家は第一王子、第三王子で王位継承争いを行っていた。国内の水不足問題は解消の目処が立たず、王家は、高度な水のリサイクル技術を持つ皇国へ恭順の意を示すことを決定した。その決定に不服としたルーク第三王子が、隣国ビュルネイの後押しを受けて王都でクーデターを起こすようだ」


「それじゃあ、ルーク王子はこのローフォーテン領を敵国に下げ渡すことを決めたということで、それを領主様も、他の貴族達も了承しているということですか?」


 コリンナの質問に大きく頷いた。


「だがしかし、ハインツ様はローフォーテン領を敵国に明け渡すことを良しとせず、父君と袂を分つことを決められた。イヴァンナ様や、パトリック様はどう言っている?」


「王国軍として敵を迎え撃つと豪語されていました」

「だろうな」


 第七王子のパトリック様が、第三王子側につく訳がない。何より水の大切さを知っているパトリック様なのだ、フィルデルン王国が生き残るために最善の策に打って出ているはず。


「ビュルネイ公国が汚染した流砂の腐食を止める特殊メタルの開発に成功したって本当の話?」

 小声でドロテアに囁くと、ドロテアは小刻みに頷きながら言い出した。


「映画では、一度、フィルデルン王国は皇国に占領されてしまうのよ。それで、まずはローフォーテン領を取り戻すために、ビュルネイと協力してケブネカイル渓谷側から侵攻をするの。汚染地帯をまさか乗り越えて来るとは思わないものだから、侵攻は上手くはまって、領地奪還を成功させるのよ」


「男爵から聞いた話じゃなくて、まさかの映画情報かよ・・」


 マジかよ!渓谷側から侵攻するとは思ったけど、汚染地域は通らない迂回ルートを選ぶと思ったけど、流砂を乗り越えて来る可能性もありってわけ?

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