第22話  ヒロインの判断

「ちょっとだけ待ってくれるかしら?」

 灌木にしゃがみ込んだままのドロテアは、私の方をまっすぐに見つめながら言い出した。


「私、全然気が付かなかったんだけど、学生時代からハインツ様は、一途に貴女のことが好きだったのね」


 貫くような眼差しで見つめられて、私の胃がまたまた激しく痛み出す。


「ルーク王子は、ビュルネイ公国と手を組むために、ローフォーテン領と、黒の一族の族長の娘である貴女を差し出すつもりでいるみたい。うちの父や、バッテンベルグ伯爵家当主は、貴女の身柄を公国側へ渡す気満々なのだけれど、ハインツ様はそれを拒否されている」


「映画ではルーク殿下とハインツは手を組むんじゃなかったんですか?」

「そもそも、リンは、ルーク第三王子に会ったことってあるの?」

「いや、ないですよ。イヴァンナ様の夫であり、第七王子でもあるパトリック様じゃないんですよね?」

「違うわよ〜、ヒーローが既婚者じゃ話が進まないでしょう?」


 私が顔を合わすって、軍部の人間ばかりのもので、最近、会ったといえば、皇国に本店を置く商人様一行くらいのものですよ。


 我が家に引き摺り込んだウィルさんはヌサドゥアにルーツを持つ商人だから、ルーク王子と関わりはないってことだもんね。


「今、私と一緒に移動すると、ビュルネイ公国に引き渡されることになるの。映画の中では、黒の女王として歓待されることになるんだけど、どうする?このまま私に誘拐される?」

「いやいやいやいや」


 映画の中ではどうだか知らないけれど、国境線上で起こる軍事的衝突では、私、かなりの敵国軍人をバッサバッサと屠ってきているからね。別名『黒の死神』だよ?恨みを買いまくりすぎて、移動早々、武則天スタイルで、手足を切断して壺詰されそうじゃないですか。


「私は貴女に付いて行くことに決めたから、さっさと決めてくれると有難いんだけど」

「付いて行くってどういうことですか?」

「ヒロインである貴女と行動を共にする、じゃなくと自分の生存率を上げられそうにないもの」

「じゃあ、誘拐は勘弁願いたいって言ったらどうするんです?」

「そのオーダーで良いの?」

「いいですよ、恨みを買っているビュルネイ公国にわざわざ売り飛ばされたくないですもん」


 私たちは灌木の中にしゃがみ込んで、コソコソお喋りをしていた訳だけど、私の決断にコクンと一つ頷いたドロテアは、そのままの姿勢で、周りの男たちに向かってナイフを四本、投げ打ったのだ。


「なっ」


 そこからはあっという間の出来事で、六人の男たちがドロテアによって地面に沈んだ。

 鞭みたいなものを武器とするドロテアは、一人の男の首を巻き締めると、左手に持ったナイフで相手を突き刺し、もう一人の男の腹に蹴りを叩き込むと、鞭で引き寄せた男は頭突きをして地面へと沈める。


「さすがヒロイン!妊婦でも強い!」


 転がる男の首を蹴り飛ばしながら拍手すると、ドロテアはその可愛らしい顔をくちゃくちゃに顰めながら言い出した。


「だから!私はヒロインじゃなかったの!貴女こそがヒロインなのよ!」

「いやいやいやいや」


 貴女こそがヒロインって言われてもなぁって感じなんだけど。


「そろそろ、ハインツ様も心配していると思うから戻ったほうがいいわよ」

 髪の毛を掻き上げながらそう言う、ドロテアは迫力が違う。


「やっぱり、ハリウッド映画とか、そんなんじゃなくて、ドロテアがヒロインの小説とか漫画なんじゃないのかな?」


「だから、登場人物、国の名前、時代設定、何処をどう見ても、あの時に見た映画の内容と同じなんだって」

「でも、私、ルーカス王子に会ったことないし、王子とハインツの間で、フラフラする予定もないでしょう?」


 どっちかっていうと、ウィルさんとハインツの間に勝手に挟まって、胃の辺りがキリキリキリキリ痛んでいるような状態なんだけど。


「その映画に、商人とか出てくるんですかね?」

「そりゃ出てくるわよ!」


 ドロテアは豊満な胸を張りながら言い出した。

「凶王を倒すためには武器が必要で、その武器を集めるために武器商人と交渉したりするんだもの」


 ウィルさんって武器商人じゃないんだよなぁ。


 自分こそがモブだと主張するドロテアに促されて、ハインツと子供達が待つキャンプポイントに戻ると、すでにハインツの配下の者たちによる撤収作業が始まっていた。


 眠そうな二歳の息子のカールを抱っこしていたハインツは私を見ると、ほっとした様子で、

「遅いから心配していたんだ、無事で良かった」

と、瞳を細めながら言い出した。


「リンさん、起きたら居ないから、僕も心配したよ」


 4歳のエッカルトが私の手を握りながら見上げてくる、無茶苦茶可愛い!後を振り返ると、すでにドロテアの姿は無く、夜の闇の中で風に揺れる灌木の枝葉だけが見えた。


「リン、子供たちと一緒にアークレイリに移動して欲しいんだ」


 子供を抱えたハインツは私の目の前まで来ると、愛情たっぷりの眼差しをエッカルトやカール、そして私に向けながら言い出した。


「ここはもうすぐ戦地になる、ビュルネイ公国軍が我が国の国境を越えて進軍してきているんだ」

「ルーク第三王子のクーデターは?」

「ああ、君も知っていたのか・・」


 ハインツは一瞬、憂いの表情を浮かべると、口元に微笑を浮かべる。


「アドリスヴィル皇国の属国化を望まないルーク王子は、今の王政を倒すつもりで蜂起をされる。我が伯爵家にも呼応するようにと封書が届いたが、我らは殿下の意志に従って、この地を捨てるつもりは全くない」


「ハインツの父上や、主だった貴族はルーク王子に付いたんじゃ・・」

「我が一族は昔からこの地を治めてきたし、この地に住む人々によって生かされてきた。いくら当主である父がこの地を捨てる決定をしたとしても、僕はこの地を捨てるつもりはない」


 ハインツは私の瞳をまっすぐに見つめると、

「君をビュルネイ公国には引き渡しやしない」

 と、断言したのだった。

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