第21話 これは映画
シュベーリン貴族学校に通っている時の同級生だったのがドロテアで、彼女は、太陽の光を浴びてキラキラ輝いているような明るさと華やかさがある女子生徒だった。
バッテンベルグ家の跡取り息子であるハインツの幼馴染の女の子、緩やかなカールがかかったピンクブロンドの髪の毛に、新緑の瞳を持つ可憐な容姿から、
「「あれこそがヒーローとヒロインよねー!」」
と、学生時代、ハインツとドロテアが並んで歩いているのを眺めては、イヴァンナ様と声を揃えて言っていたわけ。
生まれ変わる前は、日本という国に住んでいたという記憶がある私たちは、この世界が一体何の世界なのかちっとも分からなかったんだけど、
「きっと、乙女ゲーム的なアレなのよ」
「小説や漫画もあり得ますよ」
「でも、私たちはモブだから、関係ないわね〜」
なんて言っていたわけ。
それが何?なんだって?
「え・・え・・映画ってなんですか?映画って?」
灌木の中にしゃがみ込むドロテアの前にしゃがみ込みながら問いかけると、ドロテアは皮肉な笑みを浮かべながら言い出した。
「やっぱりあなたも転生しました系だったのね、しかもヒロイン」
「ヒロインってなんなんですか?私は完全にしがないモブで」
「違うのよ、リン・ヴィトリア・アヴィス」
「はい?」
「貴方はヒロイン、ハリウッド映画のSF超大作と言われたあの映画の転生ヒロインなのよ」
脳みそが宇宙を飛ぶっていうのはこういうことを言うのだろうか?宇宙を巡って、元の世界に舞い戻ってきて、それで口から飛び出た言葉が、
「は?」
の一文字だけ。
「あなたはね、大陸制覇を目論む凶王ラムエスドルフに対抗するための旗頭になることが決定している、この世界のヒロイン様なのよ」
ドロテアは形の良い眉をハの字に広げながら言い出した。
「フィルデルン王国を守るために立ち上がったルーク王子と、辺境の地を守るために立ち上がったハインツ様との間で、恋に恋して、あっちこっちと彷徨い歩く、結局どっちとくっつくのよー!っと、最後までハラハラドキドキさせる系のヒロインなのよ!」
ドロテアは顔を真っ赤にしながら言い出した。
「ハインツ様の幼馴染ポジで、ハインツ様に異常なほどの執着心を持ち、挙げ句の果てにはハインツ様に振り返ってもらえない鬱憤を抱えて、良く似た男と深い仲になり、妊娠した挙句に、お腹の子供はハインツ様の子供だと妄言を吐く痛い女が私なのよ」
「はあ・・」
「そして、その痛い女は、ハインツ様の愛情を一身に受けるヒロインを排除するために、誘拐しようと目論んでいるの。今、この地点よ!」
「はい?」
映画の中のドロテアは、リンをハインツから遠ざけるために、凶王ラムエスドルフの甘言に乗っかる形で私の誘拐を企み、結局、計画は頓挫して、ハインツとルーク王子の部下に殺される運命にあるらしい。
「それじゃあ、ラムエスドルフ王の命令で、ここまで誘拐しに来たんですか?あり得ない程の雲の上の存在と知り合いなんですね?」
アドリスヴィル皇国の王様は、苛烈王と呼び声高く、ここ数年で、ヌサドゥアとエルトゥアの2カ国を平定した大物ですよ。
「苛烈王が、男爵令嬢と知り合いだっていうのが凄いです、何処で知り合ったんですか?」
「知り合ってない!誘拐を命令して来たのはお父様なのよ!」
ドロテアはやたらとモジモジしながら言い出した。
「ヘイリー第一王子を退かせて自らが王位に就きたいと考えるルーク第三王子は、ビュルネイと手を組んだの。ルーク王子はローフォーテン領を敵国に下げ渡し、貴女の身柄を引き渡すことで、公国の支持を得ようとしているの」
ええ〜っと。
「ルーク王子は歴史あるバルシュミューデ侯爵が後ろ盾で、ヘイリー王子は豊富な地下水で財を築くラウエンシュタイン公爵が後ろ盾。お金がないバルシュミューデ侯爵の代わりにビュルネイ公国に資金援助をしてもらって、王都でクーデターを起こす予定でいるの」
「クーデター・・」
クーデターって、めちゃくちゃまずい話じゃないですか。というか、さっきからかなり気になっているんだけど・・
「ハリウッド映画ってマジですか?」
「うん?」
「乙女ゲームでもなく、小説でもなく、漫画でもなく、ファンタジーでもなく、この世界が何の世界って、映画?それもハリウッド映画?」
「そうよ、しかもSF超大作よ」
「マジスカそれ」
えーーっ・・超頭の中がこんがらがってきた〜。映画、しかもハリウッド映画、そんなん聞いたことも見たこともねえよ〜。
「私、今まで乙女ゲームの世界なのかと思っていたんですよ。ハインツがヒーローで、あなたがヒロインで」
「この髪色からでしょう〜!私も正直言って、自分のこの容姿からヒロイン属性これ来たと思ったもの〜!」
「だから、ドロテアがヒロインで、私はモブで」
「モブは私だったのよ!」
ドロテアは大きなため息を吐き出した。
「ヒロインだと思い込んでいたからか、私は絶対にハインツ様と結ばれるって思い込んでいたところはあるのね。結局、ハインツ様は卒業して、中央貴族のご令嬢とご結婚されたけど、きっと私の元に戻ってくるみたいな思い込みがあったのよ。それで、お父様からクーデターの話を聞いて、そこで私は、この世界がハリウッド映画の世界だということを思い出したわけで」
ドロテアは肩を落としながら言い出した。
「だけどね、自分がヒロインじゃないって分かって本当に気持ちが落ち着いたっていうか、気が楽になったっていうか。だって私、自分がヒロインだと思い込んでいたから、貴女の部下から男を略奪したりして、結構なヒロインムーブメントをかましていたのよ。自分の方が良い女なのよ!って鼻高々になっていたのよ」
そういえばそんなことがあったな。
「ところで、真実の愛宣言をしたエルマー・バールはどうなったんですか?」
「あの男、私を捨てて出て行ったわよ」
「はい?」
「私のお腹に子供が居るって知って引いたのもあるんだけど、私、貴女がハインツ様とキャンプに行くって聞いてブチギレしちゃったのね。家の中に置いてある物に当たり散らす姿を見てドン引きしたんだと思う」
「ああー〜」
ヒロインとしてハインツが好きなら、それくらいのことはやらかしそう。だってそれが、ヒロイン気質というものだと思うから。
「お嬢様・・お嬢様・・」
「女を誘き出すことに成功したのなら、そろそろ移動を開始しましょう」
「もうすぐ、ビュルネイ公国軍との衝突が始まります」
「早く逃げ出さないと、戦闘に巻き込まれることになりますよ」
どうやら誘拐目的で、ドロテア以外の男たちも、このキャンプ地に潜入していたようだ。真っ黒の黒装束を着た男たちが六人、私たちを囲むようにして立っている。
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