第17話  男爵の暗躍

 ドロテアの父はバッテンベルグ伯爵家を寄り親とする男爵家の当主であり、貴族学校時代は、ドロテアの淡い恋を応援してくれた人だった。


 その男爵は、エルマーの家の小さなキッチンでドロテアの向かい側の席に座ると、

「ローフォーテン領は隣国ビュルネイに売り渡すことが決定した。そのため、我が男爵家は他領に移動することが決定している」

 突然、そんなことを言い出したのだ。


「ええーっと、お父様、それは一体どういうことなのかしら?」


 ローフォーテン領はフィルデルン王国の要と言われている場所であるし、バッテンベルグ家は代々、王家に国境の守りを任されてきた国でもある。


「ルーク第三王子が居るだろう?血筋としては貴族の中で一番古い血を持つバルシュミューデ侯爵家の姫を母に持つルーク王子だよ」

「血筋は一番、後はお金があれば次の王にもなれると言われている人よね?」

「そのルーク王子がクーデターを計画されている」


 あまりに重い話に、ドロテアは頭が激しく痛み出した。


「王位継承はヘイリー第一王子でほぼ決まっていたでしょう?だというのに、ここに来てルーク王子が次の王位を継承?それもクーデターを起こして簒奪するってわけ?」


 フィルデルンの王には七人の王子がいる、今は亡き正妃の息子が第一王子のヘイリー王子であり、第三王子となるルークは側妃腹となる。


「苛烈王ラムエスドルフが大陸統一を目論む中、フィルデルン王国やビュルネイ公国も、いつ戦禍に飲み込まれることになるか分かったものではない」


 世界を焼き尽くした百日の炎以降、砂漠は広がり、人が住める場所はあっという間に狭まり、大陸に数多あった国々は、七つの国に併合されてしまった。


 大陸の中央にあるのがアドリスヴィル皇国であり、その周囲を6か国が取り囲むようにして並んでいるのだが、そのうちの2か国は皇国に呑み込まれたのだ。


 苛烈王と呼ばれるラムエスドルフの台頭により、大陸の均衡は大きく崩れ始めている。


「今のフィルデルン国王は、皇国との融和路線に踏み切ろうとしている。だがしかし、融和路線の先は、皇国の属国化しかないだろう。そうならない為にも、ルーク王子が即座に王国の実権を握り、国の建て直しを図らなければならない」


 ようやっと、エルマー・バールに捨てられたということが理解出来てきたドロテアとしては、やっぱり自分は物語のヒロインではなかったのね、とか、髪の毛がピンクブロンドだからって、物語のヒロインじゃないかと思い込むのは早計だったわ・・とか、貴族学校に行った時にちっとも上手くいかなかったのも、乙女ゲームとか、ヒロイン転生とか、そんなものが全く関係ない世界に生まれ落ちたからなのだわと思っていたのだが、


「あれ・・そういう内容の映画を見たことがあったかも・・」


 焦燥感を露わにする父など、まるっきり無視した状態で自分の考えに没頭した。 


 アドリスヴィル皇国の凶王ラムエスドルフは、世界征服を企む強大な悪で、多くの人々を虐げながら、武力によって制圧を繰り返す。到底抗うことなど出来ない暴力を前に、世界を救う救世主が求められる。


 過去に大陸を統一したのが黒の女王(ハイーニャヂネグロ)、夜の帳を下ろしたような漆黒の髪に、漆黒の瞳を持つ、膨大な魔力を有した女王。大陸のトップに踊り出た黒の一族の武力は、他の追随を許さない強大なものであり、全ての人々が黒の女王の前にひれ伏した。


 時代の経過の中で、黒の一族は敗れ、大陸の中央から追いやられることとなるのだが、今は凶王を打ち倒すための力が求められる。


 世界を破滅から救うために立ち上がろうとするルーク王子は、西の辺境に住まう黒の一族の族長の娘、ヴィトリアに助けを求めるのだが、その仲介に入るのが西の辺境を守るハインツ。


 ルークとハインツの間で、恋心が揺れ動くヴィトリア、結局、どっちとくっつくのよー!と、ハラハラドキドキしている間に、凶王の圧倒的な暴力に晒されて、最後までどうなるかが分からない!


「ああー!私ったら!ヒロインじゃなくてモブだった〜!ハインツの幼馴染として出て来る程度のモブだった〜!」


「ど・・どうしたんだ!ドロテア!」

「いえ、何でもないのよ、お父様」


 ドロテアは、気を取り直すようにして父の顔を見つめた。


「もしかして、フィルデルン王家はどうしようもない位に腐敗しているのではなくて?」


 不敬そのものの娘の発言に、ドロテアの父は顔を顰めながらも、はっきりと頷いて見せた。


「腐敗した王家を退け、正しき道に導くために動こうとされているのね?」

「まあ、そういうことだ」


 胸の前で腕を組んだ父が、豊かな口髭の下の唇をむぐむぐと動かす様を見つめながら、映画と全く同じ展開じゃない!と、ドロテアは興奮の声を心の中であげていた。


「ルーク王子はビュルネイ公国と手を組むことをお決めになった」

 映画と一緒ね。


「ビュルネイ公国は王子への軍資金の援助を申し出る代わりに、ローフォーテン領を自国へ取り込むことを確約されている」

 そこは・・どうだったかしら。


「ビュルネイ公国側は、ローフォーテン領の割譲と共に、黒の一族であるリン・ヴィトリア・アヴィスの身柄の引き渡しを求めている」

 それは・・映画の展開と違っているような気がするんだけど・・


「公国側は黒い血を求めていらっしゃる、引き渡すことにルーク王子も応じているのだが、あろうことか統領息子であるハインツ様が抵抗を始めているのだよ」


「ええーっと」


「ハインツ様は我々の手が届かないようにするために、黒の一族の娘を軍部主催のキャンプへと連れ出してしまった。そのまま、軍部の庇護下に置かれてしまっては、ビュルネイ公国への引き渡しの時に齟齬が生じることになるだろう。そのため、お前にはキャンプに直接出向いて貰うこととして、黒の娘の引き渡しに協力してもらいたいのだ」


「お父様は何を言っているのかしら?」


「お前は、ハインツ様と仲が良いのであろう?であれば、少しの間、ハインツ様を呼び出して、黒の娘から離してもらいたい。その間に、部下に誘拐させるから、その手引きをお前に任せたいのだが?」


「えーっと・・」


 映画に出てきたハインツの幼馴染のピンク頭の女はモブで、一族を離れてハインツの庇護下に置かれることになったヒロインの世話を任されるのよ。


 それで、ハインツに惚れているピンク頭は凶王の策に乗る形で、ヒロインの誘拐に協力するのよね。確か、その途中で殺されていたわ。


「お父様、私、絶対にやりたくないのですけど」

「何故だ?」

「絶対にやりたくないですわ」

「何故だ?」


 腐っても貴族の娘であるドロテアは、当主の命令に背く事などできる訳がない。結局、父の配下の者たちと共に、ケブネカイルという険しい渓谷の近くにある、風光明媚な特別地区へと移動することになったのだった。

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