第18話 激しく後悔するがいい
そもそも、ことの発端は水不足だと思うわけ。
前世のように、夏には台風が来て大変だとか、線状降水帯がとか、1時間で一ヶ月分の雨量がとか、それくらいドバーッと雨が降ってくれたら、幹が太い木がバンバン育って、木製の樽の生産が出来ると思うわけ。
樽が山ほど出来たら、お酒を樽で熟成出来るわけで、樽で熟成したお酒が安く買えたのならば、私はあんな失敗はやらかさなかったと思うわけ。
命の水(ウシュクベーハ)という名の最高級のお酒を飲んで、本当の本当に、浮かれちゃったのよ。だって美味しかったんだもの。
生まれ変わる前の世界だったら、ネットでポチれば最高級のお酒だって買えると思うけど、こっちじゃ無理だからね?栄養分補給のために魔獣の生き血を飲んでいるほどなんだからね?
「ああ〜・・美味い!」
こんな美味い酒、前世でも今世でも飲んだことないよ。浮かれた私は酒に溺れて呑まれて呑んで、
「最高の気分れすよ!これから家で飲み直しましょ〜!」
監視の目が外れたのを良いことに、見知らぬ男を家へと引っ張り込んで、男と女が一晩を共にすればやることは一つ。
前世であれば、朝チュン、有り得ぬ失敗とはいえ、その事態を飲み込むことは出来るけど、今世で族長の一人娘である私としては、激痛のあまり胃痙攣を起こしそうな程の衝撃を受けているはずだった。
素晴らしい果物、酒、食べ物、果物、酒、酒で、うっかり忘れていた(わざととも言う)けれど、現実はヒタヒタと歩み寄って来るわけで、
「リン、ハインツ様ご一行がキャンプ地にやって来たわよ〜」
機械鎧(オートメイル)を着て見回りに行こうとしていた私は、真っ青になって震え上がりながら今回のキャンプの責任者となっているコリンナの方を振り返った。
「あ・・あ・・明日、やって来るって言ってなかったっけ?」
「予定を繰り上げて今日から参加されるみたい」
「ううううう・・・」
この婚活キャンプ・・じゃなかった、繁殖キャンプは、妊娠しやすくする薬を飲んで、やることはやるキャンプなんですよね。
昨日まで他の男とベッドを共にした状態で、今日は違う奴とそういうことをするとか、マジで無理なんだけど。
「うううう・・・」
「リン、どうしたの?お腹でも痛いの?」
コリンナはすでに子供を三人も産んでいる肝っ玉母ちゃんなのだけど、そんなコリンナを見上げて、口をパクパク動かす。
「ハインツ様以外の男性から、あーんしてもらった後で、ハインツ様と顔を合わせるのが気まずい?そんなの、全く気にする必要ないわよ〜」
口をパクパク動かしただけで、そこまで理解するコリンナはもはやエスパーの域に入っているけれど、私にあーんしてくれた男とそれ以上の関係になっているなんてことは、流石のコリンナにも分からないだろう・・・
「たとえ深い関係になっていたとしても、全然問題ないわよー!王家に嫁ぐ場合でもなければ、生娘かどうかは全く問題にならないから〜」
コリンナはエスパーなのだろうか?
「とりあえず、B23ポイントの特別テントにハインツ様ご一行がいるから、今すぐ向かってくれる?」
もう、胃が痙攣を起こしそうなほどに痛くなってきた。
「リン、今までサポートしてくれて有り難う!ハインツ様とキャンプを楽しんで来てね!」
「・・・・はい」
「そんなに心配しなくても大丈夫よ〜!ハインツ様、自分のお子様たちをキャンプに連れて来ているから、今日の夜にどうの、ということにはならなそうだもの!」
「はい?」
お子様たちってどういうこと?
◇◇◇
楽しい時間が過ぎていくのはあっという間だ。久しぶりの休暇、久しぶりの旅行、そんな気分でリン・ヴィトリア・アヴィスと甘い時間を過ごしたウィルは、ルンルン顔で自分のエプロンと畳んでいると、
「予定よりも早く、ハインツ・バッテンベルグがキャンプへやって来たようですね」
ウィルの側近となるブルーノが、狐のような目を細めながら夕陽を浴びて輝く飛空艇を見上げている。
「報告によると、今夜、王都郊外に集めた兵士たちを集結させて、ルーク第三王子がクーデターを起こすとのことですが」
「そこは予定通りか」
ウィルは畳んだエプロンを熊のような大男アベルに渡すと、どかりと椅子に座りながら瞳を細めた。
全ては水、水、水、水不足が原因となって、人々の間に諍いが巻き起こっていく。フィルデルン王国の第一王子となるヘイリーは今は亡き正妃の息子であり、第三王子であるルークは側妃の息子。
豊富な地下水に恵まれた正妃の生家であるラウエンシュタイン公爵家は、ヘイリー第一王子が次の王となるための後ろ盾となっているし、ルーク第三王子の後ろ盾となっているのが、古き血を残す由緒正しきバルシュミューデ侯爵家。
第二王子は身分が低い妾腹から生まれているだけに、すでに他国に婿入りしているのだが、王国は第一王子、第三王子で継承者争いをしているような状況だったのだ。
ラウエンシュタイン公爵家は豊富な水を武器にして権力を拡大してきた貴族家であり、バルシュミューデ侯爵家よりも歴史は浅い。
正統な血筋は侯爵家の方だと豪語しているものの、バルシュミューデは資金難に陥っている。次の王はヘイリー王子で決まりだろうという中で、国は皇国との融和路線を打ち出した。
大陸統一を目指す皇国に対して、フィルデルンは頭を垂れて傘下に降るのもやむなし。その判断をしたのがラウエンシュタイン公爵だと言って激怒したのがバルシュミューデ侯爵家で、国の独立を守るため、ルーク王子を旗頭として王都へ攻め入る準備をする。
そのような事態に陥っているというのに、王都を守る近衛守護大隊を指揮するバルタザール・フィッツジェラルドが王都に居ない。
隣国ビュルネイの侵攻を抑えるため、将軍自らが兵を指揮して西へ向かって移動中だからだ。
将軍不在の間にルーク王子はクーデターを起こして、王都をと王位を手中に収める。冠さえかぶってしまえば、頭の硬い将軍であっても、自分の前に跪かないわけにはいかない。悪政を敷いてきた今の王家を支持するものは少なく、クーデターは好意的に受け止められるだろうと判断しているのだ。
「さあ、ハインツ・バッテンベルグ、お前はこれからどう動くつもりなのかな?」
一日目は食事を提供するが、二日目は各自で食事を摂りながら、甘いひと時を送るのが繁殖キャンプの醍醐味らしく、ウィルたちが用意した厨房の天幕は、撤収作業に入っている。
「あの・・よろしいのでしょうか?」
ブルーノが首を傾げながら問いかけてきた為、ウィルが怪訝な表情を浮かべる。
「何がよろしいんだ?」
「リン様ですが、ペアであるバッテンベルグ家の御曹司が居る方へと移動中のようですが?」
「ああ・・」
ウィルとしては、黒の一族の族長の娘であるリンのことは気に入っている。だがしかし、今この時点で束縛する気はない。彼女がこの後、どういった行動を取るのか興味があると言った方が良いだろうか。
「ハインツ・バッテンベルグは自分の子供を連れてキャンプに参加をしているのだろう?」
「まあ、そうですが」
「だったら良いではないか」
おそらく、ハインツはリンを一時的な相手としては見ていないのだろう。子供を連れて来ていることから、今後、妻として迎え入れることも考えているのに違いない。だとしても、すでにリンはウィルの物なのだ。
「激しく後悔をするがいい」
ウィルは一人、ほくそ笑みながら小さく呟いたのだった。
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