第13話  アリーセの失恋

 リンの腹心の部下であるアリーセ・ゲルマーは、実は相当、落ち込んでいた。


 褐色の髪にまつ毛が長い大きな瞳、見かけは派手な美人でありながら、後輩思いの姉御肌でもある。漆黒の死神の異名を持つ、リン・ヴィトリア・アヴィス率いる三十八部隊所属ということもあって、アリーセ自身も一目置かれる存在ではあったのだ。


 血塗れの部隊とも言われる38部隊のそれも精鋭に含まれるとあっては、男性兵士から一歩も二歩も三歩も引かれた状態で見られるのはいつものこと。


 今では提督の地位に就いているイヴァンナ様は、現役時代、真っ赤な血に塗れて生首を引きずって歩く名物将校であり、その後継とも言われるリン隊長もまた、初期は同じように生首を引きずって歩いていた。


 衛生問題から首級をあげる、という風習は禁止されることになったものの、血塗れの上司の後をついて歩いていれば、その後ろの部下も血塗れになるのは間違いなく、隣国ビュルネイとの激しい衝突の後などは、


「うわー・・まじか・・近づきたくね〜」


 と、言われるほど周りからドン引きされるような有様となっているのだった。


 見かけは姉御でも心は乙女のアリーセとしては、実はこういった発言に深く傷付いていた。敵との衝突時点では率先して血塗れになりに行っているのだが、帰って来てバケモノを見たみたいな感じで引かれると、乙女のハートがピキピキとひび割れていくことになる。


 子供が産める年齢となると、自分でペアを決めていない人間は、国が勝手にカップリングを行い、強制的にお見合いパーティーに参加することになるのだが、アリーセはきっと、一回めのパーティーで即座に断られることだろうと思っていた。


 何せこのイベントは、年に最低でも3回は行われるため、いつでも誰かしらが相手として決定されるものなのだ。もちろん、子供を産むことになる女性に選択権があるのものの、男性からだってお断りは出来るシステムとなっている。その為、今期、3回連続で男側から断られることになる恐れだってあるわけだ。


 表面的には平然としながらも、心の中ではガタガタブルブル震えながらパーティー会場へと向かったアリーセは、王子様のような容姿のエルマー・バールを目の前にして、一目惚れをしてしまったのだ。


 何しろ実家は王都にあるというような都会っ子エルマーは、行動の一つ一つが洗練されている。家が大きな商家とあって、彼自身も資産持ちだというのだ。ローフォーテン領では見ることのない優良物件(・・・・)なのは間違いない。


 国としては子供を産んでくれればそれで良いので、産んだ側の母親は、子供を産んだ後に、自分で育てるか、国に育ててもらうかを選択することが出来る。


 初のキャンプ参加で始めての子供を産むことになるアリーセとしては、自分の母親が大事に育ててくれたように、自分の子供を自分で育てたいと考えている。見かけもイケメンで資産もあるというのなら、生まれる子供の容姿も期待できるし、産んだ後の資金援助などもしてくれるかもしれない。


「ああ〜、絶対に彼に気に入られるようにしなくっちゃ〜」


 男性との交際歴ゼロのアリーセは、自分なりに頑張った。自分なりには頑張ったのだが、最後に行われるお互いの意思確認をするためのパーティーで、


「僕が今、心から愛するのはドロテアなんだ!君は僕と親密にするドロテアに嫉妬して、私物を壊したり、仲間はずれにして彼女を孤立させたりと、様々な嫌がらせをしているんだろう?もう!たくさんだ!僕は今、ここで、君とのペアを解消し、真実の愛を取る!」


 などと宣言されてしまったのだ。ちなみに、ドロテアとは一体誰なんだ?仲間はずれってなんだ?仲間はずれ?幼児か!アホか!子供みたいなこと言い出すな!そもそも嫌がらせってどんな嫌がらせだよ、寝床を生首まみれにでもしたとでも?


 こちらを見上げて勝ち誇った笑みを浮かべるピンク頭を見た時には、即座に生首にしてやろうとソニックブレードの柄を手に取った。四つ裂き、いや、八つ裂き、いやいや、伝説の壺詰にしてやろうか!この野郎!


「アリーセ・・アリーセ!」

「う・・うん?」

「アリーセ!大丈夫?アリーセ!」


 横を見ると、コンテナを積み込んでいたコリンナがアリーセの顔を覗き込んできた。


「落ち込むことないんだよ?寝る前にクソ野郎だってことが分かって良かったんだよ?そもそも子供を産むのは私らなんだから、どうせ貰う遺伝子なら、クソよりももっと良い男の遺伝子の方がいいに決まってんじゃん」


「コリンナ・・そうよね、本当にそうだよね・・」


 滝のような涙を流しながら荷物を詰め込んでいたアリーセをコリンナが抱きしめて、頭を優しく撫でてくれる。


 コリンナはすでに子供を三人も産んでいる肝っ玉母さんで、毎回、相手を変更しているベテランでもある。今回は、産後二年が経過していないので、サポート役としてキャンプに参加しているのだった。


「おーい、女同士で抱きしめ合ってどうしたんだー?」


 子作りキャンプは、ケブネカイルという険しい渓谷の近くにある、灌木が生い茂っている上に小さな小川まで流れているという特別地区で行われる。


 風光明媚な場所であり、貴族たちの避暑地としても使われるような場所となるため、庶民としてはちょっとしたバカンス気分を味わうことが出来るのだ。


 テントなどは各自、指定された場所に設営することになっているし、近隣のペアとトラブルなどが起きないようにするための配慮などもされている。


 キャンプに必要な機材や食材は軍部で輸送、管理をするし、必要な場合には女性が逃げ込めるように救済テントなるものまでたてられる。


 お見合いパーティーで顔合わせをして、その後、デートでお互いを知っていったとしても、いざ、本番となった時に、

「あれ?ええっと・・嘘でしょ!むり!むり!むり!」

 なんてことになる場合もあるわけだ。


 国としては子供さえ産んでくれればそれで良いので、女性の意思がとにかく尊重される。という事で、突然豹変して男側から暴力を振るわれそうになったり、その他、どうしても耐えられないと女性側が判断した場合の逃げ込む場所が救済テント。


 現場の責任者は女性将校(リン隊長)となっている為、最終的には武力で解決してくれる強い味方。リン隊長の後ろにはイヴァンナ提督がいる為、女性が蔑ろにされるという事案が発生しない。


 そのため、他の領では消滅の危機にあるカップリング事業も、ローフォーテン領でのみ機能しているとも言えるのだ。


 女性たちの守護神であるリン隊長、今回のキャンプを終了後、王都への輿入れが決まっていたのだが、どうやら急展開も急展開で、今回、あの!ハインツ次期領主様とのカップリングが決定した状態でキャンプに参加が決定しているらしい。


 今回は参加者として加わるリン隊長が、何やら奇妙な足取りでアリーセとコリンナ、二人の元までやってくると、二人の手の平の上に見た事もないフルーツを置いたのだった。

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