第12話  今だけだから問題ない

 我が黒の一族は、辺境に住むことを許された希少民族ということになるんだけど、水脈を見つけることが得意なことから、定住せずに井戸を掘ってまわっていたわけ。


 領都やその周辺までなら、地下水の貯蔵とか、水のリサイクルシステムとか機能していたりするんだけど、遠くになればなるほど生活が厳しくなる。国の手も届かない遠方に水を行き渡らせるためにうちの部族が回っているわけだけど、時が経てば経つほど、部族としての価値が下がっていってしまったわけ。


 人体の60%は水で出来ていて、人類にとって水ほど重要なものはないっていうのに、水よりも権力、己の私利私欲の方が重要。ということで、足元の水問題は遠くに追いやられるようになってしまった。


 人体に必要な水を作り出す微生物が利用されるようになったけど、私が使っている不良品だって、結構なお値段になっちゃうんだからね?そんなアクアパックを一般市民が使用できるわけがない。


 多くの民が水が無くて困っている中、だったら他国を占領して水を奪い取れば良いだろうという乱暴な議論が噴出する。


 戦争になれば武器が売れる、混乱に乗じて利権の獲得に走ることが出来る。多くの人々の生活について顧みることなどせずに、自分たちさえ良ければそれで良い。自分たちが良ければ他はどうでも良い。ということで、国境線上の戦闘は激化していった。


 水脈を探すのが上手な我が部族は、他国から誘拐されそうになることがあまりにも多いため、戦闘に特化した遊牧民族になったんだけど、そんな我が部族を戦争に使うことを決めたのはヴォルイーニ王家。


 最初は三顧の礼をもって迎え入れられたうちの部族も、今や奴隷も同じこと。族長の長子は戦闘への参加を義務化し、族長の長女は王家へ召し出されるのは決定事項。その後の娘がどんな扱いを受けたとしても、部族としては泣き寝入りする以外に方法はない。


 そんな中で、族長のただ一人の娘として生まれた私の不運さよ。五歳から戦闘に連れ出されるなんて、悲惨の一言に尽きるもの。


 幸いにも、ぼんやりとでも、前世で年取った分だけの経験値みたいなものが幼い心に加算されていたお陰で、心が折れずになんとかなったのかな〜と思う。


 父の歳の離れた妹であり、私の叔母となる人が王家へ輿入れしたのは、私が四歳の時で、壺詰め状態で戻って来たのが七歳の時のこと。


 両手両足を切断の上での壺詰め、かつての中国で悪女として名高かった武則天がライバルに行ったスタイル、自分が将来、これをやられるのかと思うと絶望しかないよね。


 私のことを何とかすると言って父が出て行って十三年、その間、一切の音沙汰なし。第三王子とやらのお陰で私が王家に行くことは今のところ無くなったようだけど、直々に壺詰め宣言をするハインツ・バッテンベルグのところへ行くんでしょ〜。


 結局、壺詰め決定の未来が覆らない。そんなお先真っ暗の私は、悪役令嬢ではなくてドアマット系ヒロインだと思う!


 明日からキャンプで、壺詰め宣言をしてきたハインツクソ野郎とペアだっていうんでしょう?イヴァンナ様はハインツクソ野郎は拗らせているだけだって言うんだけど、拗らせた末に両手両足切断とかいう武則天スタイル、冗談じゃないっつうの!


キャンプ後に成人を迎える私は、キャンプ前に一度、黒の一族の元へ行くために一日休みにしていたんだけど、一族の元へ行くのはやめた。


 だってさ・・


「リン、ほら、アーンして」

「あーん」


 だって、だってさ、何処から持ってきたのか分かんないけど、クリームたっぷりのフルーツケーキを口元に運ばれて、アーンされているんだよ?


 昨日、この目の前のイケメンを家に連れ込んだのは完全に自暴自棄ゆえの行動だったんだけど、誰も邪魔に入らないし、結局一晩を共に過ごしちゃうし、次の日には美味しいものに囲まれて、アーンしてもらう幸せよ。


 考えてみれば、この世界に生まれ落ちてから、まともなものを口にしていなかった。魔獣の肉か、砂漠に生える苔か、魔獣の血か、泥水か。


「リン、美味しい?」

「美味しいですー!」


 このウィルさんは、帝国に本店を置く商会の従業員らしいんだけど、戦争にでも行ったのか、体に深い傷が山ほど刻まれていたわけね。


 中央大国アドリスヴィル皇国に東の大国ヌサドゥアが征服されたのは三年ほども前の事となるんだけど、その時におこったディマシュ戦争に彼も参加していたらしい。


 ヌサドゥアにはディマシュ・アルシンベという将軍がいたんだけど、自分の武力を誇示するために、勝手に皇国に戦争をふっかけた。それで、苛烈王と呼ばれるラムエスドルフ王に返り討ちに遭い、遂には国まで滅んだというのは有名な話なのよ。


 苛烈王に征服されたヌサドゥアは皇国に吸収されることになったわけだけど、そこでウィルさんは一念発起して皇都へと向かったらしいのね。そこで商会で働くようになって、この度、エルトゥア経由でローフォーテン領に高級酒を運んで来たってわけですわ。


 ご存知の通り、ウィルさんに給餌行動を受けてはいますが、未来なんか何もない、一時だけの関係なのは間違いない。


 だけど、ウィルさんが過去に軍に参加していたっていうのは良かったのかもしれない。何せ私の体は、五歳の時から戦闘に参加しているもので、至る所、傷だらけ状態なんだよ。これにドン引きされないだけ良かったかなーって思っている。


 王家に嫁ぐということで見張りをつけるくらいなら、体に傷が残らないように保護しておいてくれって思うんだけど、それはそれ、これはこれ。どうせ、未来は武則天スタイルの手足切断の上、壺詰決定だから、傷とかそういうの、どうでも良いのかもしれないよね。


 キヤンプ前の休日は、私自身は家から一歩も出ないで、甘やかされて過ごすことになったんだけど、どうせこの先、碌なことにならないんだから、遊びであろうと何であろうと、今だけは、ドロドロに甘やかされたってバチは当たんないと思うんだよね!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る