第10話  水不足ってこういうこと

 生まれ変わる前に、日本という国で生活をしていた私は、

「続く旱魃で多くの子供が亡くなる今の現状を打破するためには、世界規模での救援活動が必要になって来るのです」

 というドキュメンタリー番組を見て、

「ほえ〜、大変だ〜、なんて可哀想なんだ〜」

 なんてことを言いながら、他人事として捉えていたのは間違いない。


 行ったこともない遥か遠くの国々の話であるし、地面がひび割れるほどの水不足なんて見たこともないんだもの。


 夏になって台風が来れば、線状降水帯がどうの、洪水がどうので、溢れるほどの水が大地を濡らしていくことになるし、蛇口を捻れば水が出る。


 止められない温暖化、各国で猛威を振るい続ける気候変動。と言っても、トイレに行ったら水は流れるし、洗濯槽では衣類を洗いながら水がぐるぐる回っている。


「これだけ稲が育っても、中身が何も育たないんです」

「虫の減少によって果物の実りが目に見える形で減少して・・」

「はちみつの減産・・」


 そんなこと言ってたって、スーパーに行けば溢れるほど食べ物が並んでいるし、賞味期限が切れたというだけで山のような食料を捨てている。何も問題ないでしょう?だって生活は変わらず続いて行くんだもの。


 そんな訳がないと気が付いたのは、いくら蛇口を捻っても、一滴の水すら出てこなくなった時だった。水不足によりダムの水が枯渇、地域ごとに水が出る日にちが決定されて、長い時には四日も五日も水が止められる。


 飲む為の水は、スーパーでも売っている。

 最悪、水がなければ炭酸飲料を飲めばいいじゃない!

 飲むのはOK!オレンジジュースだって、リンゴジュースだって、ビールだってあるよ!


 だけど、トイレが流せない。お風呂にも入れない、洗濯だって出来ない。お風呂に入る為に隣町まで移動したけれど、その隣町まで取水停止、断水状態になっている。


 給水車が回っています、近くの小学校に行ってくださいなんて言うけども!そんなチョボチョボの水ではトイレは流せないし、洗濯は出来ないし、シャワーも浴びられないんだって!


 そのうち、ウォータータンクじゃなくて、ドラム缶が飛ぶように売れるようになったんだよね。水が使える日にドラム缶に貯水して、トイレとか、シャワーとか、洗濯に利用するって言うんだけど、家族が多ければ多いほどすぐに水は無くなっちゃう。


 そのうちに、最初に洗濯をして、排水もバケツに入れて汚れた水はトイレ用。すすぎをかけた水は大鍋に入れて、コンロで沸かしてお湯にする。


 このお鍋のお湯を水で薄めてお風呂場に用意して、シャンプーコンディショナー、体まで洗って泡だらけにした状態で、小さな鍋で掬い上げて、頭からかけまわす。


 洗濯で使った水をシャワーとして利用?正気なの?って思うかもしれないけれど、究極状態の時にはここまでやった。


 水がないって本当にヤバい。しかもそのヤバさは、蛇口から一切の水が出てこなくてなった時にようやっと理解出来るものなんだよ!


 この世界もまた、雨量の減少により、樽を作れるほどの幹の太さを持つ木々の生育は不可能になっちゃって、稀少な樽を使って熟成させる酒は王族にこそ振舞われるべきもの!みたいなことを言われちゃっているんだよね。


 キルペガン産の命の水(ウシュクベーハ)(最高級酒)は樽を使っているんだよ!しかも!しかも!三十年ものだよ?口に含んでみれば、フルーティーなフレーバーが口中に広がったかと思いきや、続いてビスケット、いや、アーモンドのような、甘みと香ばしさが口中に広がっていく。


 樽だよ樽!樽で熟成しなくちゃこの味にはなんないんだよ!


 はー、なんで雨が降らないのかなー。雨が降って太い幹になる木が育てば樽が出来て、その樽に酒を注ぎ込めば、これだけ美味しい酒が出来るってわけでしょ〜?


 人間の身体の60%は水で出来ているから、雨が降らないと本当に困るんだよ〜。


 何せこの世界、水がなさすぎて、蛇口とか水道みたいなものすらないんだよ?過去の記憶の中では、幾ら水不足となったとしても、スーパーにジュースは並んでいた訳だよ。そんな世界で死んで、転生したこの世界では、飲む水の確保すら難しい。


 結局、人類が必要な水をどうやって補充するかという研究を進めた末に、体内で水を培養する微生物の生成に成功したってわけ。この微生物を少量の水と共に摂取する事によって、人体に必要な水分というものを人間の体内で生成させていく。


 そんな夢のような微生物でも、何の問題もなく必要な水分だけを与えてくれるというわけでは決してないんだけど。


「あ・・忘れてた・・・」


 ヤバイ、ヤバイ、慌てて自分の口の中に指を突っ込むと、喉の奥にあるアクアパックをペッと手の平に吐き出した。


 ベッドの中でその吐き出したアクアパックを見つめていたウィルさんは、

「なにそれ?まさかそんなものを使っているわけ?」

 と、驚きの声をあげた。


 何故、私のベッドの中に本日、巨大雄牛(コー)でカンポット小砂漠を移動してきたウィルさんが居るのかというと、酔った勢い以外の何ものでもない。


「あー・・不良品とか言われてますよね〜」

 吐き出したアクアパックをゴミ箱へと投げ捨てると、


「不良品どころじゃないよ、下手したら脳に微生物が侵入して壊滅的なダメージを起すやつじゃないか」


 信じられないとばかりに目を見開くウィルさんの方を振り返って、

「12時間以内に吐きだせば大丈夫だって」

 と答え寝具の中へと潜り込んだ。


「ウィルさん、ここを何処だと思っているの?フィルデルン王国の最果ての地とも言われる場所だよ?都会とは違うのだよ、都会とは」


 雨の降らないギルデアでは、寝所の屋根を簡単な天蓋にしている家が大半を占める事となる。天蓋を開ける事によって屋内に残った蒸し暑さを逃し、星空の下で寝る事を人々は好んでいる。


 なんでウィルさんが私の隣で寝ているのか、それは、いつもは私の監視をしている監視人が今日に限って居なかったから。


 一応、王家に嫁ぐ予定でいるので、男の人といけないことなどしないように、常に監視の目が私にはついているんだよね?


 第三王子の決定によってバッテンベルグ家に下賜されることになったから、どうでも良くなったのかな?そもそもこの世界、王家に嫁ぐなんてことにならない限り、生娘かどうかはあんまり重要じゃなかったりするし。


「リン・・」


 重ね合わせた唇から甘い吐息が零れ落ち、重なりあった肌と肌が溶けあうような感覚に恍惚となって瞳を細めた。そこに愛情というものがなくても、全く構わなかった。完全に酔った勢い以外の何ものでもなかったから。


 その行為は屈服させるものでも、虐げるものでもなく、優しく労わるような、愛情に満ちた行為のように思えたから。愛情あふれるその仕草が例え虚構であっても、酔っているから問題はない。


 ただ愛されていると錯覚するだけでいい。

 その一瞬だけ満たされれば、それで構わないのだから。


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