第9話 信じられない話だけど
「リンがハインツ様とキャンプに参加なんて!嘘でしょう!嘘でしょう!嘘でしょう!」
ころりとドロテアに騙されて、パーティー会場で『真実の愛』を宣言しながら、アリーセとのペア解消を宣言したエルマー・バールは、呆然としながら破壊されていく自分の部屋を眺めていた。
「ハインツ様は私のもの!私のものなのよ!だって言うのに、リン・ヴィトリア・アヴィスと一緒にキャンプですってー!許せない!許せない!許せない!」
何でも王家に嫁がなくても良くなった第三十八部隊のリン隊長が、この度、バッテンベルグ家の嫡男であるハインツ様とのマッチングされることになったらしい。
二人はお見合いパーティーには参加することは出来なかったけれど、キャンプに参加は決定しているそうで、軍部は今、その噂でもちきりとなっている。その話を何処で聞きつけたのかは知らないけれど、ドロテアがヒステリックを起こして叫び声をあげ、何枚も皿を床に投げつけていた。
エルマーのペアだったアリーセは女性の割には背が高く、第38部隊所属のエリートでもあった為、例え遺伝子レベルで考えると最高の相手と言われたとしても、かなり自分の好みの範疇から外れた女性でもあったのだ。
エルマーの好みの女性は柔らかい雰囲気を持つ、庇護欲をそそるようなタイプの女性であり、アリーセのように自分一人でも生きていけるのよ!という強いタイプよりも、貴方がいないと生きていけないの、と言い出すような女性の方が好きだった。
軍部の人間がよく利用する飲み屋で知り合ったドロテアは、ピンクブロンドの髪の毛を女性らしくカールした可愛らしい女性で、エルマーの腕に頬ずりをしながら、
「寂しい・・エルマーの居ない間、エルマーのことばっかり考えちゃう・・・」
と、上目遣いで言われた時に、胸を撃ち抜かれたような気分に陥ったのだ。
何故、自分があの時に『真実の愛』なんかを引き合いに出したのかが良く分かっていないのだけれど、気が付いたら、
「僕が今、心から愛するのはドロテアなんだ!君は僕と親密にするドロテアに嫉妬して、私物を壊したり、仲間はずれにして彼女を孤立させたりと、様々な嫌がらせをしているんだろう?もう!たくさんだ!僕は今、ここで、君とのペアを解消し、真実の愛を取る!」
なんてことをアリーセ相手に言っていたのだった。
真実の愛宣言を何故自分がしたのかも良く分かっていないし、ドロテアとはその場で結婚したのと同等の扱いを受けることになり、記録院に登録されてしまったのだ。
「ドロテア、そんなに興奮しない方がいいよ?お母さんがそんなに興奮したら、お腹の子供も驚いてしまうよ?」
「うるさいわね!」
可憐で可愛らしかったあの娘は何処に行ってしまったのだろうか?
彼女はキッチンから包丁を持ち出すと、エルマーにその切先を突きつけながら言い出した。
「エルマー、貴方軍部に所属しているんだから、今から確認に行ってきて!」
「は?」
「軍属の人間は、どうせ、そこら辺の飲み屋で飲んだくれているでしょう?だから、本当にリンがハインツ様とキャンプに行くのかどうなのか、確認してきてよ!」
「ええええ?」
エルマーは思わず両手を挙げて降参のポーズをとった。
あれだけ可愛らしかったドロテアの表情が、狂気に染まっていたからだ。
そうして、ドロテアのヒステリーのお陰でメチャクチャになった自分の家から脱出することになったエルマーは、ボクスティ料理が美味しいことでも有名な『メイヴの店』に足を運ぶことにしたのだった。
ボクスティとは、芋と小麦粉と卵を合わせて生地にして焼いたパンケーキのようなものの事で、肉や野菜を挟んで食べるのだが、焼酎をチビチビと飲みながら、魔獣の肉入りのボクスティを頬張っていると、噂の第38部隊の隊長がやって来た。
厨房は日干し煉瓦で作られた狭い家の中にあり、テーブルは全て屋外に置かれている。
年に3・4回ほどしか雨が降らないので屋根の必要もない。客も外で食事をする事に慣れ切っているのだが、この店でも一番人気のない、枯れたりんごの木の下の席に座り込むと(リンゴの木は生命の誕生を意味するが、枯れたリンゴの木は反対に死を意味する事になる、縁起が悪いといって誰も座りたがらない席なのだ)隊長は浴びるように酒を飲み出したのだった。
リン隊長とは死神の異名を持つほどの有名将校で、女性でありながら百人隊を指揮する人でもある。ハインツ・バッテンベルグとキャンプに行くとなると、ハインツの新しい妻にリンがなるのかもしれない。
領主の妻となっても問題ない程の戦果を上げているのは間違いないとは思うけれど、ハインツを愛するドロテアのライバルが、リン隊長ということになるのだろうか?
自分の斜め前の席にリンは座っているし、先ほどから給仕の少女相手にクダを巻いているし、泣いているし、無礼講ということで自分が同席しても、もしかしたら問題にならないかも?
そんなことを考えながらも、
「いやいやいやいや」
そう呟きながら、エルマーは首を横に激しく振った。
エルマーのペアだったアリーセはリン隊長の腹心の部下だった。その腹心をこっぴどく振った自分は、隊長にとって敵も同じことだろう。何かしらの言いがかりを付けられて、首を切られても文句も言えない立場なのだ。命大事に、そう思いながらエルマーが焼酎をチビチビ飲んでいると、この辺では見ない機械鎧(オートメイル)を身に纏った男が空から落下して来たのだ。
機械鎧は戦闘の際に着用したり、汚染地区に行く際に着用する装備だ。頭の先からつま先まで、すっぽりと全てを包み込まれることになる鎧なのだが、フルフェイスがあっという間に首まで落ちると、あれよあれよという間に鎧は小さな箱(ボックス)となって足元に転がり落ちた。
その箱を自分のバックの中に放り込むと、男は肩で息をしながらリン隊長の向かい側の席に滑り込んだのだ。
その後、男と隊長は、エルマーの妻となったドロテアのことや、バッテンベルグ家の嫡男の妻の駆け落ち騒動について話をしていた。
なるほど、離婚をすることが非常に難しいフィルデルン王国では、どちらかを死んだ扱いにして自由の身になるというのが一番手っ取り早い方法なのだなと理解する。
そのうち、酔っ払ったリン隊長がウトウトと眠りだし、そんな隊長を介抱しながら男が金を払って店を出て行く姿を眺めながら、エルマーはここで踏ん切りを付けることを決意する。
エルマーがドロテアの泣きながらの訴えを聞いたところによると、確かに、ドロテアの腹の中には子供が居るらしい。
「別れてしまったけれど・・この子はハインツ様との愛の結晶なの!」
と、涙ながらに訴えるドロテアを見下ろしてドン引きしたけれど、実はそれが彼女の妄想に過ぎず、実は複数関係があった男性のうちの誰の子かわからないというのだから、百年の恋だって瞬間冷却されてしまうのだ。
「ああ〜女運がねえ〜な〜、王都に戻った方がいいのかな〜」
エルマーは勘定を払って立ち上がると、一日二日は泊まらせてくれる女の子の家へと移動することを決意する。
顔立ちが整っているエルマーは家が王都で大きな商会をやっているし、資産もそこそこあるので金に困るということもない。優良物件なのは間違いないため、ヒロインであるドロテアも無理をして手に入れたというところもあるのだろうけれど、優良物件の男というのは、他の女に流されやすい。
本来、仲良くするはずのアリーセを放置してドロテアに流れたのだから、ドロテアを放置して他の女に流されるなんてことは、普通に良くある話なのだ。
「死ぬまで伴侶で居続けるっていうけどさ?」
夫が妻を養わなければならないという法律がこの国には存在しないので、籍だけ入れた状態だけれど、他人のように生活している夫婦は、それこそ山のように存在するわけで、
「ドロテアとはもう顔を合わせないようにしよう!」
そう呟きながら、エルマー・バールは夜の闇の中に消えて行ってしまったのだった。
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