第8話 それでいいの?
確かに・・確かに!私は前世の記憶を持っている!
前世の記憶を思い出したのは、シュベーリン貴族学校に入学した時のことで、十歳で入学した私は、二歳は年上となるお兄さん、お姉さんに囲まれながら、
「あれ?これってなんか見た覚えがあるような気がするんだけど〜」
と、思ったわけ。
学校に通う全ての女子学生の好意を掻っ攫うような人気ぶりの領主様の息子だとか、領主様の幼馴染を主張する、ピンクブロンドの髪の男爵令嬢だとか、徒党を組んだ伯爵令嬢たちの恐ろしさとか、そんなものを眺めながら思った訳ですよ。あ・・こういうの見たことあるわ〜って。
そこで、私、前世は日本人だったわ〜とか、確か、会社に勤めていたはずとか、名前とか家族構成覚えてね〜とか、色々なことが頭を駆け巡って行った訳だけど、
「ヤッダー!こんなところにヒーローとヒロインが存在したわけね〜!マジでびっくり〜!だけどこれって、結局南極、何を題材にした世界なんだろ〜」
貴賓席に座っていた招待客のイヴァンナ様が、そんなことを言いながら廊下を通りかかった為、
「あの!アナタは日本人じゃないんですか?」
と、慌てて声をかけたのが始まりだったとは思うわけ。
異世界に転生しているのに、何故か、前世が日本人っていう人と出会うのよ!物語に良くある展開じゃない!なんて興奮して、意気投合しちゃって、学生時代に思い出すことって、客員教授としてやってきたイヴァンナ様とおしゃべりした内容くらいしか覚えていなかったりするんだよな。
それがなに?いきなり、ヒーロー(ハインツ)がヒロイン(ドロテア)じゃなくて悪役令嬢(リン)が好きだった?意味わからんし、そんな展開を突然言われたって理解出来ないし、そもそも私、悪役令嬢じゃないし!
学園ではひたすら陰口を叩かれる空気のような存在だったんだから、完全なるモブでしょう!モブ!モブじゃなかったら、どう考えたって『ドアマット系ヒロイン』でしょうよ!
生まれた時から王家に嫁ぐ(と言っても精々が妾扱い)こと決定で、一人っ子だから軍部に所属することも決定で、僅か五歳の時から戦闘に加わっているんだよ?これは扱い的にドアマットでしょ?ねえ?そう思うよね?ねえ?ねえ?ねえ?
「リンさーん、飲み過ぎですよ〜」
「アメリちゃん、私って悪役令嬢じゃないわよね?ね?ね?」
「なんなんですか?悪役令嬢って?」
「大概が吊り目で、大概が赤い髪で、大概が派手な顔をしていて、大概が物凄い金持ちで、大概が侯爵家とか公爵家とかの令嬢で」
「それって全部、リンさんにハマってないじゃないですか〜」
だよね!そうだよね!
赤い髪じゃないし、平民だし、私の顔に悪目立ちするほどの派手さはないと思うんだよ!
「リンさんは悪役令嬢と言うよりかは、地獄の悪魔じゃないですか?」
「え?」
「隣国の兵士から悪魔とか死神とか言われているじゃないですか?」
「そ・・それは・・イヴァンナ様のことで・・」
「イヴァンナ様、最近じゃ前線に出ないじゃないですか〜!敵国にとっては、リンさんは悪役女戦士って感じですかね?いや、悪役っていうより、悪魔の女戦士の方がゴロが良さそうですけど!」
「アメリちゃーん!」
飲み屋のテーブルに突っ伏して、私がワーっと泣き出すと、
「また出た!リンさんの泣き上戸!」
そう言い捨てて、グラスを下げに行ってしまった。
くそっ、クソが、本当にクソだ!
私こと、フィルデルン国防軍第38部隊に所属する、リン・ヴィトリア・アヴィスが泣きながら悲嘆に暮れていると、フルフェイスマスクが後ろへ折りたたまれるカシャンカシャンという音が鳴り響く。
誰か外に出ていた軍人さんでも帰って来たのかなぁ〜と思いながら顔を上げると、やたらと汗をかいた男が、私の向かい側の席に座っている。
「いやー、探した、探した」
「はい?」
「本当に酷くない?みんなして、君が何処にいるのか教えてくれないんだよ?フィルデルン人じゃないから差別されたのかな?他所者とは仲良くしないみたいな風潮、本当に良くないと思うんだけど」
えーっと、えーっと。
目の前の席に座って、エールを注文している男は色彩鮮やかな男だったわけよ。ファンタジー感満載の紺碧の髪に菫色の瞳、ヌサドゥア的な褐色の肌に、それはもう、女の人たちがキャピキャピ言いながら視線を送り出す、野生的でありながら端正すぎる顔立ち。
「商会の・・ブルーノさんの・・補佐の人!」
本日、巨大雄牛(コー)でカンポット小砂漠を移動してきた商会の人だよね?
「ウィルって言うんだ!今日はわざわざ救援に来てくれて有難うね!」
いの一番にアメリちゃんが運んできたエールを一気飲みすると、何処から出したのか二つのグラスをテーブルの上に置いて、何処から出したのかわからない酒瓶をドンッとテーブルの上に置いたのよ。
「お礼に持って来たんだ!ここの飲み屋は持ち込みもOKだって聞いたから持って来たんだけど、どう?君、お酒が好きでしょ?」
「え?どうしてそれを?」
今居る飲み屋、メイヴの店は中流階級が住み暮らすギルデアの中腹に位置しており、崖から聳えるように突き出たカシナン地区にある。
野外に置かれたテーブル席からの眺めは素晴らしいんだけど、そんな景色なんか視界にも入らない。だって、目の前に見たこともない高級酒を置かれたんだよ?
「こ・・こ・・これは・・命の水(ウシュク・ベーハ)(最高級酒)の・・しかも30年もの?目ん玉でるほど高い奴!」
命の水(ウシュク・ベーハ)と呼ばれるこの酒は大麦を麦芽にして発酵、蒸留させてつくる、65%という高いアルコール度数の高級酒ですよ!
「あれでしょ!あれ!アドリスヴィル皇国の北方に位置するキルペガン産でしょ!なんでそんなのを持っているわけ?」
「バッテンベルグ家で祝い事があったとかで、取り寄せるように直々お声をかけて頂いたんだよ」
「祝い事?なんの祝い事?」
まさか私の壺詰めにこの高級酒を使うわけじゃないだろうな?『骨の髄まで酔わせてやるぞ』とか言われたら超怖いんだけど〜!
「バッテンベルグの御嫡男が、なんでも無事に婚姻解消が出来たそうで、後添え希望の人たちが、とりあえずは高級酒を献上しようと考えたみたいで、大量購入しているみたいなんだよ」
えーっと・・ハインツの妻は病死したとかなんとかなんだよね?それで、フリーになったので、学校も同じだった私とマッチングしたとか何とかで、キャンプがどうのと言ってたよね?
「嫡男の妻は毒殺されたのでは?」
多分毒殺、だって病死とか超胡散臭いもん。
「死んでないよ!なんでも愛人と駆け落ちしたって言うんでしょ?それじゃあ、体裁が悪いって言うんで病死扱いで届出をしているらしいけど、ここら界隈じゃ、夫人の駆け落ち話は有名だよ!」
「えっ!知らないけども!」
貴族の噂話は下々の者にまで伝わりづらいという奴だろうか?
「だったら、キャンプとか言い出さないで、さっさとドロテア・ベルツを後妻に迎えればいいのに」
「ドロテアって男爵家のあばずれ娘のことでしょ?」
「はい?」
「男遊びが過ぎて、誰が父親とかわからないんでしょう?」
「はあ?」
「だから、真面目で優秀な男を捕まえたと聞いたけど?」
「はああああああ?」
私の中では、貴族学校のドロテアの姿が物凄く印象に残っていたんだよね?
ピンクブロンドの髪の毛に新緑の瞳を持つ男爵令嬢、領主の息子であるハインツクソ野郎にいつもひっついていて、傍目から見たらお似合いカップルだったんだよね?
三ヶ月後には聖なる力に目覚めましたとか、聖なる声に導かれましたとか言い出して、
「私こそが聖女です!」
と、言い出しそうなあの人が?
「え・・ヒロインってそれでいいの?」
私の頭の中が混乱を極めたのは言うまでもない。
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