第5話  壺詰め


国境の街ギルデアはギルデア山の山麓に広がっている街なんです。一番標高が高い場所に領主バッテンベルグ家が居を構え、その周囲に地方貴族の家が軒を連ね、更にその周囲に富裕層の平民身分の人々が住み暮らす。上に行けば行くほど豪邸が軒を連ね、下へ行けば行くほど身分の低い人々が住み暮らす。


 ギルデアの近くには、標高の高いアーデリン山があって、山頂の雪解け水が流れる地下水が豊富にあるため、何とか水の確保に成功しているというような状況です。だけど、大地の汚染は酷いし、砂漠化も進んでいるような状況ですわ。


 日中の気温は四十五度近くまで上昇するし、逆に夜ともなると二十度近くまで気温が下がる。寒暖差が激しいし、年に三日とか四日とかしか雨が降らない乾燥地帯で、アーデリン山がなければ我が街も水不足で困難を極める状況に陥っていたとは思います。


 その水の管理を任されているのがバッテンベルグ家であり、貴族や富裕層はやたらと水を独占したがる中で、バランスよく平民にも分配し続けていることから、平民からの支持も高かったりする訳ですわ。


「それで?下々の者の生活を常に見下ろしながら優雅な生活を送り続けているバッテンベルグ家の方が、希少民族代表みたいな私に何の用があってここまで来たのでしょうか?」


 部下を引き連れて本部へと帰還すると、十人ほどの取り巻きを引き連れたバッテンベルグ家の御曹司、ハインツ・バッテンベルグが、私を出迎えながら笑顔を浮かべた。


「マッチングで君が相手に決まった様だから、キャンプ前にお互い、交流を深めておいた方が良いかと思ったものでね」


 ローフォーテン領の領主でもあるバッテンベルグ家は伯爵位を賜っているんだけど、その伯爵家の後継息子であるハインツは二十二歳。黄金の髪に碧眼という、この国の貴族らしい配色を持つ美丈夫でもある。


 十歳くらいの時に、マナーを学ぶ為に二年ほど通った貴族学校の同級生で(私は戦闘にも参加しなければならない関係で、通常より二年早く学校に通わされていた)確か、あの頃から、イヴァンナ提督からヒロイン認定を受けているドロテア・ベルツと仲が良かったんじゃなかっただろうか。


「私は契約上、王家に献上させる予定だったと思うんですけど?」

「ルーク殿下から下賜の許可が出ている」


 希少民族であり、長年迫害を受けていたうちの一族は、四百年くらい前からフィルデルン王国の庇護下に置かれている訳です。


 いつの頃からか、族長の娘(長女)はフィルデルン王家に成人後、嫁ぐこととなっており、私も漏れなく二十歳になったら王都に向かう予定でいた訳ですよ。


 一族の保護と引き換えに王家に捧げられる予定だったんだけど、ハインツが見せてきた書状によると、確かに、私の身柄がバッテンベルグ家に賜られることを許可するような内容が記されており、その下には、フィルデルン王国の第三王子の署名がされていた。


 五日後が私の二十歳の誕生日で、その年齢まで私は軍部で戦うことが決定されているし、誕生日を迎えた後は、王都へ移動することになっていたはずなんだけど・・


「隊長、王都に行かなくても良くなったってことですか?」

「もしかして、未来の領主夫人?玉の輿?」

「隊長!お貴族様のご夫人になっちまうんですか?」


 そんな訳がないでしょう。


「これはルーク第三王子のサインがしてあるだけで、国王陛下が了承したものと判断出来るものではありませんよね?」


「なに?」


「この国には王子が七人いるし、ルーク王子って三番目でしょう?一族の族長の娘が人身御供として王都に連行されるのは、遥か昔からの決め事で、延々と言いなりになってきた我が部族としては、王子が了承したからはいそうですがなんて言えないんですよね?」


 どうやら相手は、私が泣いて喜ぶものと考えていたらしい。

 呆れ果てたような、信じられないものを見るような眼差しで見つめられながら、小さく肩をすくめてみせた。


「そちらにとっては希少種の一部族、不手際の一つ二つで滅んでしまっても、何の問題もないのでしょうが、命がかかっている我が方としては、たかだか王子の承諾書一つで、はいそうですかなんて言えないんですよ。大勢の命がかかった話なのでね」


 そう言って王子の署名入りの書状を御曹司に渡すと、

「とにかく、私が今後、どんな扱いになるのかは理解しましたけど、それを、本当に王家が納得したのか、我が部族が扱い変更によって損害を被ることがないのかを確認させてください」

 と言うと、取り巻きたちが殴りかからんばかりの勢いで怒り出す。私が突然の変更で泣いて喜ぶとでも思ったのだろうか?


「イヴァンナ提督の夫は第七王子なので、すぐに王家へ問い合わせしてくれますよ。私としては一族が無事であれば何でもいいので」


 ハインツ・バッテンベルグの口元に笑みを浮かべながら言い出した。

「お前は私が直々に壺詰めにしてやるよ」

「ああ・・はいはい」

 後の方で騒ぎ出す部下を抑えつけるしかない。


 ちなみに壺詰めとは、手足を切断されて生きたまま焼酎漬けにする方法ですね。うちの叔母は王都に嫁いで行って、壺詰めで帰ってきた過去がありますわ。


 生前、中国の都市伝説的なもので、旅行者の女性が誘拐されて、女性が少ない村落に連れて行かれた末に、逃げ出さないように手足を切断された。なんて話も聞いたことがあるんですけども、手足を切断なんていうのは、唐の時代に生まれた武則天という美姫の話にも出てくるんだよね。


 彼女は皇帝の愛人となり、皇后だった王氏、第二夫人の蕭氏の二人を蹴落とした後、手足を切断して酒が入った壺に入れるなんていう残虐な行為に出たわけですね〜。


 ちなみに、フィルデルン王国はこの方式を採用しているようで、私の叔母は、第二妃だか第三妃だかに嵌められて、不貞をでっち上げられ、挙げ句の果てには壺詰めされて、我が家へと出戻って来たわけです。


 その時にはすでに正気ではなくなっていたし、程なくして亡くなってしまったわけですが、叔母のお陰で我が部族は存続しているのも同じだった為、生贄となった叔母へのエグすぎる行為に対して反論一つ、文句ひとつすら言えていない状況です。


 ちなみに私の父は、

「リンを姉のようにはさせない!絶対に、王家も文句も言えない、素晴しい婿を見つけてくる!」

 と言ったまま帰って来ていません。


 成人まで5日、私は、バッテンベルグ家に壺詰めされることになるのかな?

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