第4話 魔獣の生き血は栄養源
カンポット小砂漠はフィルデルン王国軍が管理下に置いている関係で、砂漠を渡る際には通行料なるものを払う必要があったりする。この通行料、砂漠を渡る際の保険みたいなもので、今日みたいに運悪く魔獣と遭遇した場合には、王国軍による救援が入ることになるってわけだ。
「いやいや、本当に、危ないところを助けて頂き有り難うございます!」
商隊の代表はブルーノさんという、目が狐みたいに細い人。
揉み手をしながら感謝の言葉を述べているんだけど、ちょっと、こっちはそれどころじゃなかったりする。
「砂の象(ダムレイ)の5トン級!こんなの久しぶりですよー!」
「血の一滴たりとも無駄にするなよ!こぼすな!こぼすな!注意しろ!」
前世みたいに雨が降らない世界なので、魔獣の血といえども貴重品になるわけさ。鉄分ミネラルをこの血液を飲むことで補うことが出来るので、さっきから持ち運びも出来るウォータータンクにドボドボ流し入れながら、部下がコップでガブガブ飲んでいるわけですよ。
「隊長!商隊の方々も!新鮮で美味しいですよ!如何ですか!」
口の周りを血まみれにしながらお勧めするな!うちは貧乏だから、魔獣の血でミネラルとか鉄分とか補充するけど、金がある他所の国はサプリメントで補充しているんだぞ!さっきからとっても恥ずかしいぞ!
「もし良かったらお飲みになりますか?カンポット小砂漠名物、魔獣の生き血、明日にはお肌もツルツルになるんですよ!」
「男性であれば夜もギンギン!」
「ただで眠ることなんか出来ませんや!」
「男なら是非とも一口!」
口の周りを真っ赤にしている部下が酷い、狐目のブルーノさんがドン引きしているんだけど、その後ろに居た補佐のイケメンが、興味津々といった様子でコップを手に取った。
「ローフォーテンでは魔獣の血を健康飲料にして売りに出しているって聞いたんだけど、それって本当だったんだね〜、眉唾物の辺境伝説かと思っていたよ〜」
「辺境だからこそ、血も肉も、骨も、全てを無駄なく使います!今日は、大物を狩ることが出来たので、軍部の方でも輸送船を用意してくれることになったんです!」
そのイケメンはブルーノさんの補佐をしている人らしいんだけど、端正な顔立ちゆえに、うちの女の子たちがキャピキャピ言いながら、おかわりの生き血を渡している。
狐目のブルーノさんも、この補佐の人も、帝国に本店を置く商会の人なんだって!一人だけ生き血を飲んでいる補佐の人は、特に多彩な血を感じさせる人だった。
紺碧に輝く髪は明らかにヘトラ領域の北方民族のものであるし、スミレ色の瞳は中央大国アドリスヴィルの特徴といってもよい。堀の深い目鼻立ちが南方エルトゥアの特徴を備えているし、良く焼けた肌の色がヌサドゥア的と言おうか。結局、何人なの?って感じ。
「色味そのものが、ファンタジーだな〜」
思わず私が呟くと?
「ファ?え?なんですか?」
みたいな感じでブルーノさんが問いかけてきた。
「いえ、なんていうか、その・・うちの軍の船が到着したみたいです〜」
流石に5トンレベルの魔獣を確保したし、他の四体も3トン前後と重めも重めだったため、大型の飛空艇がこちらの方に移動してくるのを見上げながら待つことになる。
通常、お肉を確保した時には血抜きをして保管するのが一番にやるべきことなんだけど、砂の象(ダムレイ)の血液は体重の約10%と言われているんだよね。採れる量が半端ないので、大型のタンクが幾つも砂漠の上に転がっていく様がシュールだ。
「隊長さん、君は生き血は飲まないの?」
補佐のイケメンさんが、生き血が入ったコップを差し出してきた為、私はそれを一息に飲み干した。生前なら絶対に飲めないものも、この過酷な辺境で20年近くも生きていれば、何でも飲めるし、食べられるようになりました。
「それでは皆んな集まれ!撤収するぞー!」
船の甲板に、貴族出身の上官の姿が見えた為、すぐさま撤収準備を始める。
私ら平民は、貴族出身の上官と全く反りが合わなかったりするわけさ。
◇◇◇
ウィルはとにかく顔立ちが良い。
女たちが放っては置かない程度に顔が良いと自分でも思っているのだが、リン・ヴィトリア・アヴィスは、ウィルの顔については特に興味を持たなかったらしい。
商隊のリーダーとなるブルーノに簡単な挨拶を済ませると、部下が仕留めた魔獣の方へと移動して行ってしまうし、やたらと時間がかかる血抜き作業になってから、ようやっとこちらとも話をしてくれるようになったのだが、フィルデルン王国軍所有の飛空艇が移動してくるのを確認すると、あっという間に撤収作業を始めてしまった。
飛空艇で移動してきたのは少尉身分の男で、リンたちの部隊を追い払うようにして本部へ帰還させると、揉み手をしながら金を要求し、飛空艇での移動を勧めてきたのだった。
ウィルの商隊は、ローフォーテン領の領主でもあるバッテンベルグ家の依頼で動いていることもあって、積荷の輸送は最優先と言われているらしい。積荷と共に発着場へと到着すると、友人のパトリックがわざわざ出迎えてくれたのだった。
「ウィル!久しぶりだな!」
「五年ぶりになるか?まさかこんな辺境に飛ばされているとは思いもしなかったが」
軽いハグをした後、固い握手をする。
「ところで、ここまでの飛空艇の移動に500万リルを請求されたんだが、これは辺境価格という奴なんだよな?」
ウィルが後からついてきた少尉を指差しながら告げると、パトリックが大きなため息を吐き出した。
「クーパー少尉を拘束しろ、その部下たちは隔離し、その後に処分を決定することとする」
「はあ?」
パトリックの言葉にクーパー少尉はアホズラで立ち止まる。
「参謀総長殿、私はバッテンベルグ家の要求の通りに行動しただけで」
「ゼロ3ポイントを移動の商隊は保険をかけている。無理に飛空艇での移動を強要しないし、その際の追加費用の請求など、基本的には許されていないのだけどね?」
「ですが、バッテンベルグ家が!」
「バッテンベルグの名前を出せば何でも許されると思ったら大間違いなんだよ?」
「嘘でしょう!今までも、これからも!何も問題になりません!」
少尉が参謀総長に言う言葉とは到底思えない。
「君んとこ、レベル低いねー」
ウィルの言葉に、
「なんだと!民間風情がふざけたことを言うな!」
と、少尉殿は怒鳴りながら息巻いていたが、その後、拘束されて猿轡をかまされて静かになったようだ。
「なあ、パトリック?私はイライラが止まらないのだが?」
「すみません」
「何故、ここに、リン・ヴィトリア・アヴィスが居ないんだ?」
「ああ〜」
パトリックは、アドリスヴィル帝国でも至高と言われるサン・サール陸軍士官学校で共に学んだ同期なのだが、ウィルは眉をハの字に広げるパトリックの顔を見下ろした。
士官学校では同期でも、パトリックはウィルよりも八歳年上となる。フィルデルン王家の特徴とも言える銀色の髪をしばらくの間、掻き回し続けたパトリックは、
「リンは、お見合い相手と会っているところなんだよね」
と、言い出した。
「うん?さっきまで巨大な魔獣の解体作業をしていたと思っていたんだがな?」
「そう、そう、魔獣を討伐して本部に帰って来たんだけど、そのまま、マッチングされたっていうことになっているハインツ・バッテンベルグと面談しているはず」
「は?」
その時のウィルの顔は、完全に鬼のような顔だった。
その鬼のような顔から視線を逸らしたパトリックは、地面を見つめながら、
「お見合いキャンプに参加する前の打ち合わせっていうの?キャンプ前は顔合わせするのが普通だからさ〜」
と、言い出した。
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