第3話  ゼロ3ポイント

 いわゆる前世の記憶を持っている私だけれど、前世の自分の名前だとか、職業だとか、家族構成だとか、そういうことは全く記憶にございません。


 とりあえず、フリーの小説を読み漁った経験とか、フリーから有料に移動をして買い漁った記憶とか、乙女ゲームにハマった記憶とかは残っている。そこから判断するに、何かしらの世界に転生したのだとは思うわけ。


「隊長!商隊の位置を確認。後方に砂の象(ダムレイ)が五体、追尾しているのを確認!」


 良くあるファンタジー物のように、この世界にも魔獣が生存している。


 ゼロ3ポイントとはカンポット小砂漠を示しているんだけど、港湾都市プレイベン(南の隣国エルトゥアが統治している)から移動する商隊は、私が今住んでいるフィルデルン王国を目指す際に、このカンポット小砂漠を移動することになる。


 この小砂漠の治安を守っているのが提督の指揮下にある王国軍となるため、お見合いパーティー関連で暇をしている(と思われている)私の部隊にお鉢が回って来たってわけですね。


 砂の象(ダムレイ)とは砂漠に住む巨大な象の事であり、マンモス並みの大きな牙を持つ。普通は一個中隊で討伐するのもやっとという代物なんだけど、3・5・3編成では手練しか用意していないので、案外、簡単にやっつけられると思います。


「「隊長!肉っすよ!肉っ!」」

「「今日は焼肉パーティーですよね!」」


 辺境では牛や豚なんか育てられないので、野生を狩って食料とするしかない。砂の象(ダムレイ)は狂暴で残忍な特性を持っているんだけど、食料とすれば、何日でも美味しく食べられたりするわけさ。


「お肉を運ぶとなったら本部も船を用意してくれるだろう!至急連絡してくれ!」

「オッケーです!」

「砂の象(ダムレイ)が居るなら船で来ればよかった」

「戦争じゃないんだし、我々に船なんか使わせてくれるわけがないだろう」

「まあね〜、絶対に出してくれないよね〜」


 十人の部下が何か勝手なことを言っているけれど、まあね、絶対に船なんか出してくれるわけがないのは間違いのない事実。


 船とは前世で言うところの飛空艇みたいな物なんだけど、そんなハイソな物は前線に輸送する時くらいにしか利用させてくれない。


 貴族どもが物見湯山でお出かけする際には簡単に出してくれると言うのに、我々軍部のためには敵国との戦いでしか利用出来ないって言うんだから、どうかと思うよ。


『プァアアアアア』


 私たちが今乗っているのがらくだ(アウド)と言う名前の魔獣で、水無しでも五十日は生きていけるというコブ付き、四つ足の魔獣になる。砂の象(ダムレイ)の気配を察知して興奮の声を上げながら前足で地面を掻くような仕草を始めている。


 らくだ(アウド)にはナマズのような太い髭が左右に生えていて、鞭のようにしならせ始める。戦闘準備は整ったという彼らなりの合図であり、こいつら肉食だから、砂の象の肉が食べたくて仕方がないみたい。


「これより全員に告ぐ、肉は逃すな、全てを捕獲しろ」

「「「「了解です!」」」」

 

 お肉大好きちゃんたちが走り出す、砂煙を上げながら砂漠の中を逃げてくる商隊はすでに視界に入っている。



     ◇◇◇



 急激な地殻変動によって、無数の大陸が一つに繋がったのが八百年ほども前のこととなる。北と南に分れた広大な海は汚染を繰り返し、不足する水の確保を目指して国々が争い続けて何百年が経過しただろうか。


 百に近かった国の数も七つの大国に集約されたが、中央国家アドリスヴィル皇国の苛烈王と言われるラムスドルフ王の台頭により、南のエルトワと東のヌサドゥアが征服された。

 大陸制覇を掲げる新王の出現によって戦は苛烈を極めるようになる。


 フィルデルン王国の西方に位置する港湾都市プレイベンは、南の大国エルトワの植民地となっていたのだが、現在、この都市はアドリスヴィル皇国の直轄地となっている。


 その為、帝国から多くの商人が港湾都市プレイベンに移動を開始し、新たなる交易拠点としての利用を始めた。

 海を渡り、港湾都市プレイベンへと上陸したウィルは、商人として一団を指揮しながらカンポット小砂漠に入りこむことになった。


 貴族たちが注文した嗜好品を山のように載せ込んだ荷車を運ぶのは巨大雄牛(コー)と言う魔獣。身の丈三メートルの巨大な毛長牛の魔獣で、分厚い毛皮が砂漠の汚染をものともしない。一流の商売人は、砂漠の移動に船を利用するのが普通なのだが、ウィルはあえて巨大雄牛(コー)での移動を選んだわけだ。


 砂漠で巨大雄牛(コー)8頭に牽引させて巨大な荷車が移動していく様を見たかっただけ、男の浪漫みたいなものを感じたいだけの選択だったのだが、ウィルの安易な選択が、巨大雄牛(コー)の肉を狙う砂の象(ダムレイ)を招き寄せるきっかけとなったらしい。


「どうします、殺しますか?」

 飛び跳ねるようにして御者台に腰を下ろしているブルーノが問いかけて来た為、ウィルは即座に首を横に振った。


「いや、いいよ。フィルデルン王国軍が到着したようだから」

「何処ですか?」

「あそこ!あそこ!」


 砂の色に同化するような形でらくだ(アウド)の毛が短く刈られているようで、その上に跨る兵士たちも砂と同色の外套を纏っているために、遠くから見ると誰が何処に居るのかよく分からない。


「ああ〜、あそこですか」

 望遠鏡を覗き込んでいたブルーノがようやっと見つけたようだ。それにしても、見つけるのが遅すぎるんじゃないんだろうか?


 あっという間に距離を詰められたかと思うと、彼らは商隊の間を通り過ぎ、後ろから迫る砂の象(ダムレイ)へと突っ込んでいく。砂の象(ダムレイ)が凶悪で狂暴なのは有名な話なのだが、指揮官らしき人間は攻撃には参加せず、巨大雄牛(コー)を特殊な音波を利用しながら、安全な場所へと誘導していくようだった。


 特別大きならくだ(アウド)は素晴らしい毛並みであり、それに跨る人物は外套を深く被っているので顔がよく見えない。


 ウィルは指先に力を込めて風の力を利用すると、突風が巻き起こって煽動する人物のフードが頭から外れた。


 高々と結上げた漆黒の髪と瞳は、夜の帳をおろしたような漆黒の闇を映し出す。睫が長く、鼻筋も通り、薔薇の花びらのような唇を持つ。涼しげな瞳と小柄ではありながら強靭な身体つきは、西の果ての、辺境の地に住む黒の一族の特徴を顕わしていた。


「見つけた」


 ウィルは口元に笑みを浮かべた。

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