第2話  前世を知る者

 前世、日本という国で生活していた私、リン・ヴィトリア・アヴィスは、前世のように真っ黒な髪を、後一つに括ってポニーテールにしています。


 瞳の色も黒、まつ毛長め、鼻筋くっきり、ぽってりとした唇、容姿的には美人の部類だと思いますよ。うちの一族、黒の一族と呼ばれる黒髪、黒眼の希少一族で、辺境で遊牧民をやっています。


 血筋が太古の昔から続く〜、純血種〜、だとかで、年頃となってからもマッチングで相手を決めるとかやりません。


 私、族長の一人娘なので、一族の長子は必ず軍部に配属されること〜なんていう契約で軍部に所属しなくちゃいけないし、族長の娘は、成人後、必ず王家へ嫁ぐこと〜なんていう取り決めから、人質扱いでローフォーテン領から王都へ移動することが決定している身。


「アリーセちゃ〜ん!話は聞いたわよ〜ん!大変だったわね〜」


 イヴァンナ・フィッツジェラルド提督は、身長、私の肩くらいの高さしかない。太陽の光を閉じ込めたような黄金の髪に、紺碧の瞳を持つ、お姫様とか天使とか、そんな部類の典雅な顔立ちをした方なんです。おそらく、フィルデルン王国の中で二番目に強い。ちなみに、一番強いのはイヴァンナ様のお父上であり、そのお父上は王都を守る近衛守護大隊の総指揮を任されている人でもあります。


 王都は父親、国境は娘が防衛を任されているんだけど、一見すると、何の冗談?と思うくらいに、提督はいたいけな少女にしか見えないんです。


 そう、見かけ二十歳に到底いかないだろうという容姿をしているというのに、三十八歳、三人のお子さんの母でもある。


「今度はそんな浮気男が選ばれないように、厳選に厳選をかけてもらうから、心配しないで!男なんか星の数ほどいるんだからファイト!」


 この人、声まで可愛らしいんだよね。やっぱり、私が転生したのは未来とか宇宙とか、そういうんじゃなくて、ファンタジー世界だったのだろうか?提督、実はハーフエルフの末裔とかそんな感じの人なんじゃないの?


「提督!ありがとうございます!」


 感動のあまり咽び泣くアリーセを部下に送って行かせると、イヴァンナ様は大きなため息を吐き出しながら革張りの大きな椅子に腰を下ろした。


「ハーッ、ヒロイン気質のドロテア・ベルツが妊娠したんじゃないかっていう噂は聞いていたんだけど、まさか、アリーセのペアに狙いをつけるとは思いもしなかったわぁ!」


「ドロテアってヒロインだったんですか!」

「ヒロインでしょう!だって!髪の毛がピンクブロンドだったのよ〜!」


 実はイヴァンナ様、私と同じように前世の記憶を持っている。

 生前は学校の先生をやっていたそうで、覚えている時代が同じ年代のように思えるから、共通の話題が山ほどある人でもあるのよ。


 私たちは、ほぼ同じ時代に日本で暮らしていて、同じようなサブカルチャーにはまり、同じように無料の小説を読み、同じように、乙女ゲームがなんたるかを理解していたと思う。


「髪の毛がピンクブロンドだからって、ヒロイン認定するのは浅はかじゃないですかね?」


「だって!だって!ドロテアって、バッテンベルグ家の嫡子に手を出して、結婚寸前まで行ったくせに捨てられて、挙句、捨てられたっていうのに、男が結婚した後も不倫を続けているような妄想をしている、粘着気質で、ヤバめの、頭お花畑ガールなのよぉ?」


「頭お花畑ガールは、真実の愛宣言を利用してまで、他人の男を奪い取ったりなんかしませんよ」

「えー?私、ようやっと乙女ゲーム的な何かが始まったんだなとか思ったのに〜!」

 

 良くある展開なら、

「あ!これはあのゲームの中の展開と同じだわ!」

 と、なるんだろうけれど、今いる世界の類似作品、全く一つも思いつかないんだよなぁ。


「それで?繁殖キャンプの参加者の方はどれくらいになったのかしら?」

「繁殖キャンプっていうの、やめてくれません?」


 少子化を解消するために、ペアを組まされた二人の男女は、1回めのお見合いパーティーで顔を合わせる→デートを重ねる→2回めのお見合いパーティーでお互いの意思を確認→軍で主催する二泊三日のキャンプに参加して子供を作る。ということをやるわけだ。


 子供が妊娠しやすい薬が支給されるし、妊娠した女性はその後、二年間は兵役を免除。後方の支援活動に回りながら子供を出産し、その後の生活スタイルについては、教会と相談をしながら決めていくという感じになる。


 国境の街、ギルテアの約七割強が軍部に所属しているため、お父さんとなる男性は国境での戦闘を続けることになるってわけ。人によっては、出産するまで付き添って生活する人もいるし、仕込んで終わり、また来年新しい相手を見つけよう!という男も居るわけで、前世の倫理観で考えるとなんじゃそりゃ?と思わないでもないんだけど、子供を産むってことだけを考えるのなら、理に叶っているそうなのですわ。


「今年の第一回、繁殖キャンプは予定通り行う予定ではあるんだけど、隣国の動きがかなり活発なのが気になるところでもあるのよね〜」


 隣国のビュルネイ公国はいつまで続くか分からない干ばつによる水不足に悩まされており、地下に豊富な雪解け水を持つローフォーテン領を、虎視眈々と狙い続けているところがあるのです。


「ちょっと悪いんだけど〜、ゼロ3ポイントまで行って、商隊の護衛についてくれるかな〜」

「編成は?」

「3・5・3で問題ないと思う〜、リーダーは貴女で〜」

「了解です!」


 軽く敬礼をして司令官室から出て行こうとした私とすれ違うようにして、提督の部下の一人が司令官室へと入ってくる。そこで渡された封書に視線を落としたイヴァンナ様は、形の良い眉を顰めながら私に手招きをする。


「なんですか?なんか嫌な予感がするんですけど」

「その嫌な予感は的中していると思う」


 イヴァンナ様の手の中にあるのはマッチング結果を通知する封書であり、その宛名に自分の名前が記されていることに違和感を覚える。


「私、成人後は王家に差し出されること決定の身分なんで、今までマッチングされたことなんか一度もないんですけど、エラーか何かなんですかね?」


「そうじゃないみたい。バッテンベルグ家から直々に用意されたものだから、無視出来ないものよ」


 バッテンベルグ家とはこのローフォーテン領を治める領主様の家のこと。


「そういえば、リンの成人の誕生日ってもうすぐよね?」

「そうですね」


 成人を迎えるまで軍部に所属して、黒の一族の長子としての責任を果たしたら、花嫁衣装を身に纏って王都へと向かう予定となっている。


 ちなみに、慣例として王家へ腰入れするという扱いが決まっているだけであって、誰に輿入れするのかもわからんし、どんな扱いをその後受けることになるのかも分かってない。まあ、碌でもない扱いなのは間違い無いんだけども。


「封書を開けてみなさいよ!誰がマッチングされたのか気になるし!」

「私、ゼロ3ポイントまで行かないと」

「急がなくても大丈夫だって!今すぐ中身を確認してみてよ!」

「えー〜?」


 本来、マッチングされたら強制的に繁殖キャンプとやらに連れて行かれていたところ、色々と問題が山積み状態になったってわけ。だからこそ、パーティーやらデートやらの交際期間を経て、キャンプへゴーという女性側も納得できる形にしたわけだけど、今、ここで封書が届いた時点で、私への配慮ゼロでのキャンプへゴーを意味しているわけで・・


「マッチング相手の名前、ハインツ・バッテンベルグですって」

「すでに結婚してんじゃん!」

「そういえば、バッテンベルグ家の長男の嫁、病気で亡くなったらしいですよ?」


 手紙を届けに来た奴が、しれっと答えている。

「病気?無茶苦茶怪しいじゃん?」

 毒殺でもされたんだろうか?


「だったら、愛人のドロテアをキャンプに誘えばいいじゃん!」

「愛人はすでに妊娠しているし、子供を仕込む必要ないじゃん」

「クソが!フリーになったから、下々のキャンプに参加して、遊んじゃおうかなとかそんな感じでマッチング?クソだ!クソ!」


「とにかく、詳しいことはこっちで調べておくから、貴女はゼロ3ポイントに急行して!キャンプで使う食料を運んで来てくれる商隊を守ってきてちょうだい!」

「ええー〜?」


 とにかく、色々と冗談じゃ無いんだけど!

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