第6話  頭が腐ってる


 王家に嫁ぐ(妾妃とか愛人レベルの扱いしか受けないが)予定の私としては、やっぱりマナーは大事っていうことで、西方地区の貴族たちが通う学校に三年ほど通っていたことがあるんだよね。


 通常十二歳から通い始めるところを十歳から通い始めた私は、貴族でもないし、希少民族だしで虐めの対象になった訳ですよ。


 嘲り罵る奴らの中で、

「おい!ゴキブリ!」

 と言って来たのがバッテンベルグ家の御曹司。そういえば、あの頃から腕にピンクブロンドのドロテアをぶら下げていたよな。


「ハインツちゃんは拗らせボーイなのよ〜」

 司令官室で、ゴリゴリ報告書を書いているイヴァンナ様が、私の方を見もせずに言い出した。


「夜の帳に数多の星を宿したような瞳に、漆のように黒く光る漆黒の髪を持ち、桜桃のような唇、薔薇のような頬、美少女も美少女の貴女を見て、一目惚れしちゃったのよね〜」


 桜桃のような唇、薔薇のような頬、誰すかそれ?


「でもね、恥ずかしくって我が天使(マイエンジェル)とか、我が女神(マイゴッドネス)とか言えないでしょう?だから、ついつい『ゴキブリ』呼ばわりしちゃったのよね〜」


 ついついじゃねえだろ!あいつの所為で、延々とみんなから『ゴキブリ』って呼ばれ続けたんだぞ!


「本当はね、ハインツちゃんはリンを自分のお嫁さんにしたかったの!だけど、次期伯爵の妻として絶対に迎え入れられない相手だった為、泣く泣く諦めて、中央に位置する伯爵家の令嬢と結婚したのね」


「あのー!提督―!すみません〜!」


 思わず手を挙げて声を上げちゃったよ。


「自分の記憶では、ハインツクソ野郎は常に提督の言うところのヒロイン(ドロテア・ベルツ)を腕にぶら下げて仲良くしていたと思うのですが?それに、今、妊娠しているドロテアの腹の子は、ハインツクソ野郎の子供なんですよね?」


 部下のアリーセから力技でペアを奪い取ったドロテアは、ハインツが結婚した後も、長々と不倫を続けていたのは有名な話ですよ。


「ハインツちゃんはね、流されボーイなのよ」

「はい?」


「前世の記憶を持つ私としてはね、領主様の息子で、顔めっちゃ王子様のハインツちゃんは攻略対象者だと思ったわけ」

「はい?」


「それで、ピンクブロンドのドロテアがヒロインで、黒髪のリンが悪役令嬢的な存在で?」

「はいいいいい?」


「どんな恋の鞘当てが繰り広げられるのかと、興味津々で観察をしていたのだけど、貴女ったら、全然、ヒーローに見向きもしないじゃない?」

「はあいいいいい?」


 この人の頭の中は端から端まで腐っているのではないだろうか?何処からどう見て、私が『悪役令嬢』枠にハマるんだ?どっちかと言ったら、絶対にドアマット系ヒロインの部類だろう!


「リンとしては自分のことを『ドアマット系ヒロイン』枠に入っていると思っているのかもしれないけれど、私が思うに!ドアマット系ヒロインは!私に追い迫る勢いで、戦績二位の地位につかないから!」


 辺境支部において、隣国との戦いが始まった暁には、敵の将校の首を上げる数が戦績として毎週発表されることになるんです。


 実際に敵の首を数珠繋ぎにして本部まで運んで来た時代もあって、イヴァンナ様は過去に二十個の生首を繋いで輪っかにして、引き摺りながら戻って来たという伝説の持ち主です。


 いちいち首を持ってくるのが伝統みたいな物だったんだけど、汚臭が凄いし、不衛生だしで禁止されることになり、スカウターでのカウントを集計することになったって訳ですわ。  


 ちなみにイヴァンナ様は『血まみれの天使』の異名を持っているし、私は『漆黒の死神』の異名を持っている。死神とかじゃなくって、妖精とか天使とか、そんな可愛らしい二つ名が良かったな〜。


「で・・で・・でもですね・・王家へ問答無用で嫁ぐことが生まれた時から決まった私に選択の自由はないわけで、しかも、将来的には壺詰め決定状態な訳ですよね?」


 私の将来、問答無用でやられっぱなし。これがドアマットじゃなくて、何だと言うのだろうか?


「でも、王家に嫁がず、バッテンベルグ家に嫁ぐことになる訳でしょう?」

「そのバッテンベルグ家の嫡男直々に、壺詰めにしてやる宣言されているんですけど?」

「ハインツちゃんたら、拗らせすぎよ〜!」


 イヴァンナ様は、はしゃいだように笑い出したんだけど、この人、殺してもいいかな?


「そもそも、何で急に王家に嫁がなくて良くなったんですかね?しかも、書類のサインは第三王子のものでしたよ?国王陛下の署名じゃなくても効果を発揮するんでしょうか?」


「それよ!それ!そこが問題なのよー!」


 イヴァンナ様は、到底三人も子供を産んだようには見えない、天使のような典雅なお顔をくちゃくちゃにさせた。


「バッテンベルグ家は辺境を守ることから、王家の継承者争いにタッチしないというのがお約束だったんだけど、ここに来て、第三王子であるルーク様とタッグを組むことにしたってことなのかしら?」


 この国には七番目まで王子様が居るんだけど、その七番目の王子様と提督は結婚をして、三人のお子さんまでお産みになっている。ハインツがヒーローでドロテアがヒロインで、私が悪役令嬢だと言う前に、きっちり王子様をゲットしているイヴァンナ様自身が、きっちりヒロインをやっていると思うんだけども。


「とにかく、キャンプに行くのは決定なんだけど、最後までやるかやらないかは貴女の判断に任せるわ」


「は?最後まで?何をやる?」

「子作りのための行為に決まっているでしょう!繁殖キャンプなのよー!」

「えええ〜!無理無理無理無理!マジで無理!私、散々、ゴキブリって言われて虐められていたんですよ!無理無理!絶対に無理!」


「ハインツ君の妻が病死って言っていたけど、よくよく調べたら、どうやら愛人と浮気して逃げ出したみたいなのよね?だから死亡扱いにしちゃったみたいで、毒殺されるとか、そんな恐れはないから!」


「いや!だったら!何でドロテアと結婚しないんだろう?」


 ハインツクソ野郎がドロテア(ピンクブロンド)と結婚していれば、部下のアリーセがペアを横取りされるなんてことにもならなかったし、二度目のお見合いパーティーで侮辱を受けることもなかったというのに・・


「だから、ハインツちゃんの本命は、ドロテア(ヒロイン)じゃなくてリン(悪役令嬢)だったというわけで!ヒーローがヒロインじゃなくて、悪役令嬢の方を好きになっちゃうっていうのは良くあるパターンじゃない!」


「ないないないない!私はそもそも悪役令嬢ではないですし!」


「え〜?ヒーローがようやっと、色々なしがらみを捨てて、真実愛する人を迎えに来たってターンがようやっとやってきたところだと思うんだけど」


「いや、本当にいいですって!勝手な妄想はそろそろやめましょう!正気に戻って!」


 もーいい加減にして欲しい!

 提督は頭が腐った末に虫が湧いているんじゃないのかな?

 パトリック様(イヴァンナの夫)早く帰って来て!お願い!

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