第2話|インテリ娘の考えるチーム名はなんとなくダサかった

ネットゲームは、19時から22時頃までの時間帯がもっともユーザーが多い。22時を過ぎてくると徐々に利用者が減っていき、深夜の時間帯はだいぶ落ち着きをみせてくる。


そりゃ、大抵の人は翌日の朝から仕事があるわけだから、無理はできない。仕事に支障をきたさない範囲で、ゲームを楽しんでいるのだろう。


しかし、俺にとってはここからが本番といえる。なぜなら、深夜までゲームに興じるようなプレイヤーは、かなりの確率で強いからだ。


深夜までゲームをしている時点で、その他大勢とはモチベーションが違うことは瞬時に理解できる。


日本と時差のないゲーム大国である韓国の上級プレイヤーもログインしてくるので、プロレベルの強者と遭遇することも珍しくない。


ゲームを始めた当初は、上級プレイヤーにボコボコにされたが、引きこもりの特権ともいえる時間投資によって、今では互角以上の戦いができるようになっている。


片手間でゲームに興じているアマチュアでは勝負にならない。やり込んでいるレベルが、そもそも別次元なのだ。


起きている間は、オンラインゲームに明け暮れる。気がつけば、巷では名の知れたプレイヤーになっていた。ゲームの中で称賛を受けることが唯一の生きがいだった。


・・・


ある日のことだ。


熱中しているオンラインゲームの大規模な大会が開催されることになった。


ゲームの名前は『レリックガン』。


3人1チームで戦うガンシューティングゲームで、俗にいうFPSと呼ばれるものだ。主人公と同じ視点で操作していくわけだが、少しだけ変わった仕様になっている。


"レリック(遺物)"という名前がついているとおり、古代の武器や防具を装備して戦っていくガンシューティングゲームなのだが、まずは武器や防具を「発掘」という手段で手に入れる必要がある。


発掘した武器や防具は、それぞれ性能が異なる。初期のパラメーターが高いレアな武器や防具を発掘できれば、大きなアドバンテージになるというわけだ。


さらに武器・防具には属性というものが付与されている。メインとなる火・土・金・水・木の5つの属性と、光・闇の2つのサブ属性がある。


光属性は状態異常を回復するアイテムに付与されており、闇属性は毒・麻痺・目眩ましなどの状態異常を発生させる武器に付与されている。このあたりは、少し魔法っぽい。


それぞれの属性には、じゃんけんのように相性がある。水属性の武器だと火属性の防具にダメージを与えやすい、みたいなイメージだ。メインの属性は、陰陽五行の相関図がそのまま当てはまっているらしい。


相性の悪い銃に打たれるとダメージが大きくなるし、逆に相性の良い銃だとダメージを軽減できる。良くも悪くも装備によってゲーム展開が大きく変わるわけだ。


単純な武器の強さだけで勝敗が決まるわけではないので、相性次第では上級者相手でも十分に勝てる見込みがあるのが醍醐味のひとつだ。明らかな格上相手に下剋上を果たしたときは、なんともいえない痛快な気分になる。


武器や防具は、さまざまな素材と組み合わせてカスタマイズしていくことが可能で、カスタマイズによってパラメーターは大きく変わる。つまり工夫の余地があるということだ。希少な素材を使ってカスタマイズすると、それだけパラメーターの上昇率が高くなる。


フィールドにも工夫がなされている。ひとつのフィールドには、5つの属性のエリアが作られており、装備の属性に合ったエリアで戦うと攻撃力や防御力が上がる仕組みになっている。


自分に有利な属性のエリアに相手をおびき出して戦ったり、あえて最初は属性とは違うエリアで戦って相手を騙したり。対戦相手との心理戦を楽しむことができる。


しかし、自分に有利な属性のエリアに一定時間以上いると「過剰防衛」というペナルティが課せられる。自動的に少しずつHPが減っていったり、攻撃力が大幅にダウンしたりする。


そのため「自分が有利なエリアにずっと居続けることができない」というジレンマを抱えながら、上手に活用していく必要があるわけだ。


属性による相性、武器や防具の発掘、カスタマイズの自由度の高さ、フィールドの地形や特徴を活かして幅広い戦略で戦える点。これらがレリックガンの醍醐味といえよう。


引きこもってから色々なゲームに手を出したけど、一番ハマったゲームだ。


そしてこのゲームは、3人1組のチーム戦で行うことになる。周りにレリックガンにハマっている友人はいなかったので、最初は野良のプレイヤーとして、いろいろなチームに混ぜてもらいながらプレイしていた。


深夜帯に出会ったメンバーと仲良くなり、次第に固定のチームを作るようになっていった。


よく一緒にチームを組むのは、おそらく同年代だと思われる女性「マナ」と明らかに年上の男性「てっちん」だ。


ゲーム中は音声を繋いでプレイするので、なんとなく相手の人となりが分かる。二人とは波長が合い、すぐに仲良くなれた。今では、ほぼこの二人と一緒にチームを組んでいる。


そして、なんとチームメンバー全員が絶賛引きこもり中である。


オンラインゲームで相手のプライベートを探るのはマナー違反なのだが、ふとしたときに自分からカミングアウトをしたら、二人から「私も…」「俺も…」とカミングアウトがあったのだ。


二人とも、いつも深夜帯にログインしているので「もしかしたら」と考えがよぎったことはあったけど。予感は当たっていた。


同じ境遇ということもあり、3人の間に謎の絆が生まれた。同じ出身地の人に親近感を抱くのと、感覚的には近いと思う。


つい話が盛り上がり、その場のノリでチーム名を決めることになった。


「"Shuutings(シューティングズ)"はどう?」


名案を思いついたかのような声でマナが提案した。


引きこもりは英語スラングで「shut-in」というらしい。shut-inと、銃を打つという意味のあるshootを組み合わせて「Shuutings(シューティングズ)」という名前を思いついたらしい。


マナと話していると「頭がいいなぁ」と思うことが多々ある。予想ではあるけど、きっと勉強ができて学歴も高いのだろう。話し方から品の良さも伝わってくる。


でも、提案してきたチーム名は絶妙にダサい。まあ、今の俺たちにはダサいくらいがちょうどいいのかもしれない。


「ちょっとダサいかもしれないけど、いいんじゃないかな」


俺は、少し意地悪な口調で答えた。


「なによ~、文句があるならもっとカッコいい名前を出してよ」


「"森のクマさんズ"なんてどう?」


「俺はマナの"Shuutings"に一票」


てっちんがすぐさまマナの意見に乗っかった。薄情者め。


正直、俺もShuutingsのほうがいいと思うけどね。


「じゃあ、"Shuutings"に決まりね!」


マナが元気よく反応した。かくして、3人のチーム名は「Shuutings」に決まった。


名前が決まったことで、なんとなく3人の絆が深まったように感じた。


3人とも言葉には出さないけど、引きこもりであることに引け目を感じていたから。人には言いたくない弱みを共有したうえで、チームを組んで戦ってくれるということが、大きな安心に繋がったのだと思う。


傷の舐め合いと言われたらそれまでだが、今の俺たちには、きっと必要なことだ。


チーム名を決めてから、俺たちは破竹の勢いで勝ち続けた。


実際にやってみると分かるが、この手のゲームはチームワークが物を言う。個人でいくら熟練した技術を持っていようと、多勢に無勢では勝てない。


相手の力量や戦術を見極めながら、こちらの戦力が最大限効果を発揮できるプランを組み立てていく必要がある。


たまたま運がよかっただけかもしれないが、俺たちはお互いの欠点を補い合い、長所をうまく活かしながら戦えていた。


マナは索敵を得意としており、対戦相手を捕捉するのが誰よりも早い。戦闘に入ると素早さを活かして相手を撹乱してくれる。


チーム戦では、相手のチームメンバーを分散させて各個撃破していくことが望ましい。簡単にいえば「こっちの土俵にひとりずつ引きずり込んでフルボッコ」というイメージだ。


ただ、相手もバカではないので、簡単に陣形を崩してくれない。さらに、遭遇しても遮蔽物や高台など有利なポジションを陣取っていることが多い。


そういう状況を切り崩してくれる特攻隊長がマナだ。


マナは状態異常の攻撃を仕掛けて、自らが囮になり、相手を誘導してくれる。これは本当にすごい能力で、マナがいるだけで戦闘がとんでもなく有利になる。


俺は誘導した先にしこたま罠を仕掛けておき、さまざまなパターンで相手をハメていく。相手の体力をゴリッと削り取っていくわけだ。


勝率を最大限高められる作戦を考えたり、小賢しく罠を仕掛けたり、相手を騙してハメたり。勝つためにできることは何でもやった。


てっちんは、罠で体力が削られた相手にトドメを刺してくれる。てっちんの射撃の精度はグンを抜いており、確実に相手を仕留めてくれる。


相手を撹乱し、罠にハメて、確実にトドメを刺す。チームメンバーの長所をうまく活かして、勝ちパターンを作り上げてきた。


俺たち3人のレリックガンに対するモチベーションの高さは、傍からみると"異常"と思うレベルだろう。勝ち続けることで、自分たちの存在証明がしたかったのかもしれない。


言葉には出さなかったけど、きっとマナもてっちんも同じように思っていたと思う。


いつの間にか互いが心の支えのような存在になっていた。

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