第1話|興奮するとキーボードを強く連打してしまうのは世の常
「よしっ!チャンスだ!オラオラオラオラ!!」
今日もキーボードを叩き壊す勢いのではないか、と思うほどのタイピング音が部屋中に響き渡る。
口癖になっている「オラオラオラ」は、別に某漫画の主人公を意識しているわけでも、キーボードに恨みがあるわけでもない。
アドレナリンが脳内をかけ回り、興奮を抑えるのがやっとの状況のため、つい地団駄を踏むような強さで特定のキーを叩いてしまう。周りで指摘してくれる人がいないこともあり、今の"キーボード強打スタイル"が誕生した。
ただ、そんな中でも冷静に対戦相手を分析して勝つことだけに集中していた。
俺の名前は山城 大地(やましろ だいち)。
24歳独身、ただいま絶賛引きこもり中である。引きこもりになって、もうすぐ1年が経とうとしている。
昨年まで某大手企業に勤めていたが、1年半ほどで退職。今では一日中部屋でゲームをして過ごしている。
なぜ引きこもりになったかって?
そんなに面白い話でもない。よくある話だ。
上司からの度重なるパワハラ。これが引きこもりの原因である。
毎日のようにメンタルが消耗するような圧をかけられ、ことあるごとに理不尽に怒られ、ところ構わず罵声を浴びせられる。社内では「あいつには関わるな」と根回しをされ、イジメに近いようなことを繰り返された。
やることなすこと否定されて、自分の行動に全く自信が持てなくなってしまった。
「もう限界だ…」
もう自分ではどうにもできなくなり、退職を決意した。辞めるとき、上司には「お前のためを思って厳しくしていた」「ここでダメなら、どこに行ったって通用しない」「今どきの若いやつは根性がない」など、くどくど小言を言われた。
無事に退職できたはいいものの、退職したあとも上司からのパワハラがフラッシュバックして、転職活動にも支障をきたすようになってしまった。とくに面接のときには、恐怖で頭が真っ白になってしまう。
転職活動でも挫折し、結果引きこもってしまったというわけだ。
不幸中の幸いだったのは、実家暮らしだったことだろうか。食事は親が部屋まで運んでくれるし、今のところ追い出される気配はない。
当然、親は心配してたまに様子を見に来るが、こちらからは気の抜けた返事を返すだけだった。
本当は食事以外にも食べたいものはあるけど、部屋から出て親と顔を合わせるのも嫌なので、ずっとガマンする生活が続いている。
そんな生活を続けているおかげで、部屋も荒れ放題。服が脱ぎ捨てられ、部屋中に散乱している。足の踏み場もない。
最後に掃除したのはいつだっただろうか……
まぁ、寝るスペースとゲームができるスペースがあればいいし、たいして気にもしていない。
薄暗く乱雑に散らかった部屋の中で、ひたすらマウスとキーボードを消耗させ続けていた。
ただ、ふとしたときに言い表せない不安が押し寄せてくることもある。
「自分は一生このままなのかな…」
このまま引きこもりを続けたら、次第に社会復帰は難しくなっていく。まともな職にもつけず、人生の落伍者として生きていかなければいけないのではないか。ときたま、そんな不安が頭をよぎる。
しかし、不安がよぎったところで、現状を変える気概も出てこない。ゲームの中では勝ち続けているが、現実の自分は、引きこもりの陰キャ野郎。
本心では「今のままでいい」なんて思ってない。それでも、言い聞かせるように「仕方がなかったんだ」と自分を正当化していた。
「俺のせいじゃない。パワハラをしてきた上司が悪いんだ」と。現実から目を背け、逃げ続けることしかできなかった。
ジワジワと真綿が首を締めるように、ゆっくりと確実に苦しさが増していく。出口の見えない暗闇の中を明かりもなしに進んでいる。毎日がそんな感覚だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます