唯一の治療法
バンッ!と下から音がした。
「あ~どうやら来たみたいだね?」
「来た?」
いったい誰が?
いや、そんなの聞くまでもない。
「フフフ...いい、凄くいい!探して追い込んでなぶり殺しにしてあげる!!!」
「!?」
下から叫び声が聞こえてきた。
間違いない。この声は衣珠季だ。
衣珠季の感情が高ぶっているときの声だ。
「ずいぶんと興奮しているようだね」
響が嬉しそうに言う。
「響、お前はなんでそんなに楽しそうにしてるんだ?」
「ん?楽しそうって何が?」
「今の衣珠季の怒号を聞いただろ?もしお前の言う通り衣珠季が二人を殺した犯人なら、お前もあの二人のようになるぞ?」
俺がそう説明しても、響は嬉しそうに頷くだけだった。
「うん、確かに今私が衣珠季ちゃんに見つかったらあの二人みたいに...いや、もっと悲惨な肉の塊になるだろうね」
「だったら!」
「でも安心して都斗君。私は決して見つからない。そして...」
「そして?」
「衣珠季ちゃんが君を不治の病から物理的に助けてくれるよ」
「物理的にだと...?」
響が言っていることに理解が及ばない。
「不治の病は名前の通り治らない病気。もう余命宣告をされたのと同然。っていうことはさ、その唯一の治療法は...」
「......」
ごくりとのどを鳴らす。
「余命に逆らうっていうこと」
余命に逆らう?
つまり...?
「と、あんまり頭がよろしくない都斗君には一から説明しておきたいんだけど、もうそろそろ私はここから逃げなくちゃいけないからさ」
「逃げるってどこに?」
「心配しなくても大丈夫だよ、着地は得意な方だからさ」
「着地は得意って...まさか...?」
「それじゃあ都斗君、今度は”あっち”で会おうね」
そう言うと響は病室から出て行った。
「クソ!」
多分響は飛び降りるつもりだろう。
それにここは5階だ。打ち所が悪かったら死ぬぞ...
「いや」
いや、それ以前の問題だった。
もう桐生響はとっくに壊れてしまっていた。
「壊すのは簡単だけど作るのは難しい、か」
小学校の時の道徳の授業で聞いた言葉だ。
結局俺には響を以前に戻すことができなかった。
「まぁ、響を狂わせた元凶である俺が響をもとに戻すなんて最初から矛盾してたんだな」
俺は響が壊れていたことを知っておきながらずっとその事実から目を背けてきたにすぎなかった。
衣珠季を元に戻すなんて自分の逃げを正当化するための言い分だった。
すまない、心春ちゃん、千宮司先輩。
俺は今度こそ現実を知った。
もう、桐生響は救えない。
「さよなら、俺の初恋」
一人静かに呟く。
もう涙も出なかった。
「さぁ、出て来い!」
廊下からは衣珠季の声が聞こえてきた。
声がした一からしてもう5階に着いたのだろう。
「そうだ。衣珠季だ」
響は救えなかった。
ただ、衣珠季ならまだ救えるかもしれない。
俺はもう響が言ったように衣珠季が二人を殺した犯人だと確信してる。
もう現実逃避はしない。
俺が今しなければならないことは、衣珠季を正気に戻し、自首させることだ。
まだ夜桜衣珠季は救える!
それが響への贖罪になると信じて。
足音が扉のすぐ後ろで止まる。
「......」
俺は声を上げることはしない。
怖いのだ。
もう二人も手にかけてしまった衣珠季と会うことが。
俺が過去から救うと決めた彼女と会うのが。
自分の罪と向き合うことが。
「ここだぁぁぁぁぁぁ!」
怒号とともに扉から衣珠季が突入してきた。
だが、突入してきたと思ったら、入り口から動かない。
「......ッ」
息を殺していると
「み~つ~けた」
衣珠季が口を開く。
まるでかくれんぼの鬼のように。
「もう...逃げられないよ、響ちゃん!!!!!」
衣珠季がベットの横から顔を出した。
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