一度壊れたものは元には戻らない
約束の16時よりも早く病院に着いた。
中に入ると階段のところに
”5階で待っている。これを見たら消しておいてね”
と、スプレーで書かれていた。
手でこすると簡単に消えた。
「......」
無言で階段を上っていく。
慌てずに、普段のペースで上がっていく。
もしこれから真実を耳にしても俺は冷静に対処しなくてはならない。
それが響を狂わせた者としての責任だ。
5階に到着した。
5階のどの病室かは書かれていなかったので一部屋ずつ入っていく。
入ると必ず
「響、いるのか?」
と声を上げる。
一部屋ずつ開けていたらとうとう残りは一部屋になった。
「......」
階段を昇って来た時と同じように、特に慌てることなくドアを開ける。
「響、いるの...!?」
中に入った瞬間、横から口にハンカチを押し当てられた。
そのハンカチに付着していた液体の匂いを嗅いでいたら、自然と眠くなり、意識がなくなった。
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「...!?」
目が覚めると、まず最初に口がガムテープでふさがれていることが分かった。
体を見ると縄で縛られていて、身動きができない。
「んんんんんーーー!」
助けを呼ぼうと叫ぼうとしたが、ガムテープがそれを妨害する。
辺りを見渡すと、今自分がいるのはさっきの病室のベットの横ということが分かった。
「あ。起きたんだね都斗君」
聞きなれた声がすると、コツコツとこちらに向かって足音が聞こえてきた。
「あ、そのガムテープ取ってあげるね。叫んじゃ...だめだよ?」
ガムテープをとられる。
「...響」
「ずいぶんと久しぶりな感じがするね」
そう笑顔で応えるのは、俺の初恋で俺が狂わせた桐生響だった。
「響...なんでこんなこと...」
本当は世間話から入ろうとしたが、まるでなんとも思ってないような響の顔を見てその気が失せた。
「あー多分都斗君勘違いしているよ」
「勘違い?」
「多分今都斗君が訊きたいことは、なんで千宮司彩華と佐賀暮多鶴を殺したのか?っていうことでしょ」
「ああ」
「でもね、あの二人を殺したのは私じゃなくて、君を寝取った衣珠季ちゃんだよ」
「な!?」
衣珠季が犯人だと!?
「そんなわけ」
ない!と言おうとしたが、同時に脳裏に浮かんできたのは、以前佐賀暮に暴行を加えても無表情な顔をしていた衣珠季だった。
「ほら、否定できないでしょ?」
「それは...」
響の言う通り、否定はできない。
彼女を人殺しと言われ、否定しないのは最低のクズ野郎だと思うが、あの無表情の顔を見たらどうしても否定するのをためらってしまう。
「何だったら証拠も見せてあげようかな...」
「証拠?」
とてつもなく嫌な予感がする。
証拠と言うのは実際に衣珠季が殺人を犯している動画とかな気が
「ま、さすがに都斗君に見せてもいいものじゃないね」
見せられなかったことに安堵する。
「ねぇ都斗君。ちょっと私たちの出会いを振り返らない?」
「こんな時に何を」
「いいから振り替えようよ」
いま響の妨害をするのは得策じゃない。
「入学式で、都斗君に話しかけられてからすべては始まったんだよね。あの時は楽しかったよね。いつも二人で学校で過ごしたり家で遊んで寝泊まりしたりして」
「あ、ああ」
頭の中で今までの響との思い出がフラッシュバックされる。
改めて理解する。
俺は桐生響という一人の少女に恋をしていたと。
「こうしてみると私はもう都斗君にメロメロだったんだね」
「...俺もだ」
「でも、高校に入って衣珠季が転校してきたとき、都斗君は衣珠季ちゃんから不治の病をもらちゃったんだよね」
「は?」
不治の病?何を言ってるんだ?
「いや~私も最初はびっくりしたよ。まさか感染する不治の病があるなんてさ」
「おい、響...?」
「だから、今までの行動も全部私のためだったんだよね?ほら、よく映画やドラマであるじゃん。余命宣告された彼氏が彼女を悲しませないようにわざとクズ男のふりをして自然と恋人関係を終わらせようとしているやつ」
「何を言って...?」
「ごめんね...ごめんね都斗君。私がもっと早く君の容態を把握していたら、君にこんな思いをさせなかったのに」
響は涙を流している。
「今までつらかったんだよね?誰にも相談できなかったんだよね」
ああ
「一人でずっと不治の病と闘ってきたんだよね」
ああ、そうか。
「でも、私なら都斗君の力になれると思うの」
俺は改めて思い知る。
響を狂わせた者の責任として、響を以前の響に戻すだと?
俺は何を思い上がっていたんだ?
「不治の病に対抗するための手段として、やることは一つだよね...?」
戻せるわけないじゃないか。
響は狂って、狂って、狂い続けて
「私がその苦しみから解放してあげる」
もう、壊れてしまっているのだから。
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