最期の改心(衣珠季視点)
彩華を殺してから何日か経った。
「......」
目の前の家を見て、一気に高ぶる気持ちが冷めた気がした。
この家を見てると昔の忌まわしい記憶が蘇ってくる。
この家で誰かと遊んだ記憶が蘇ってくる。
ずっと一緒にいた誰かの記憶が蘇ってくる。
ずっと好きだった人の記憶が蘇ってくる。
「違う」
かつての幼馴染。
「違う」
そして、かつての恋人。
「違うッッッッッ!!!」
私の叫び声で、嫌でも頭の中に浮かんできていた記憶が一気に沈む。
「私の恋人は都斗だけだ!!!私に嘘を吹き込むなよ!!!!!」
これは誰に対しての叫び声なのだろうか。
私はなぜこんなにも無茶になっているのだろうか。
「落ち着け...落ち着け私」
そうだ。何をこんなにもむきになっているんだ。
「今からダニを一匹駆除するだけじゃないか」
そう自分に言い聞かせ、彩華を殺した時とは別の包丁を手に持って落ち着かせる。
果たして、ダニというのはかつての誰だっただろうか。
「ッッッッッ!!!!」
頭に浮かぶ考えに腹が立ち、近くにあった電柱に思いっきり頭をぶつける。
「...これで。収まった」
頭の中がすっきりすると、目の前の家のインターホンを押した。
...このインターホンを押す感触は以前にもたくさん経験した気がする。
インターホンを押してからすぐに、玄関のドアが開かれる。
そのドアの向こうには一人の男が立っていた。
その男の顔を見た瞬間、激しい頭痛がした。
「...ッ」
ただ、顔に出すわけにもいかないので、そのまま無表情を突き通した。
ただ、その頭痛が妙にイラついたので、乱暴に玄関のドアを閉めると、男に馬乗りになる。
「グッ!」
男が苦しそうにうめき声を出す。
「......」
「......」
なぜだろう。
刃物を握っているのに、なかなかそれを振り下ろせない。
その時、男の口が動いている気がした。
思わず耳を傾ける。
「...すまなかった、衣珠季」
「!?」
その言葉を聞いた瞬間、頭の中で一気に昔の記憶が蘇ってきた。
家族同然の付き合いをしてきた。
イジメられていたところを助けてもらった。
仲の良い女友達を紹介してもらった。
受験勉強も教えてもらった。
「あ..」
刃物を持っている手が震えた。
だが、私の意志を無理やり突き通して刃物を振り下ろそうとした。
その時、自分の意志と関係なく、口から言葉が出た。
「いいよ、許してあげるタツ君」
タツ君。
タツ君タツ君タツ君タツ君。そうだ。名前は確かタツ君だ。
今私は男の体を包丁で突き刺しまくっている。
返り血を浴びまくっている。
でも、頭の中ではこれまでのタツ君との大切な思い出がMVのように流れてる。
「......」
おかしいな。
確か私はこのタツ君に何かひどいことをされたはずなのに。
「......」
そのことは一切思い出せない。
そのまま何分かが経ち、頭の中のMVも終わると、包丁を振り下ろす手も止まった。
「......」
彩華のように、さっきまで人間だった”それ”は、ただの肉の塊となっていた。
ただ、彩華の時と違うのは、”それ”を見ても愉悦を感じない。
ただ虚無感を感じているだけだった。
「...早くここから出ないと」
いつタツ...この肉の塊の親が帰ってくるか分からない。
私は振り返り、外に出ようとする。
ただ、もう一度だけその肉片に向き直り、言葉を発した。
「ありがとうタツ君。あなたと過ごした時間は幸せだった。バイバイ」
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