最期の改心

「クソ...クソ...クソ!」


ここ最近は部屋から出ない日が続いている。


ついこの間彩華が惨殺されたというニュースを見た。


警察によると彩華の姉が容疑者として挙げられているそうだが、そんなわけがない。


俺は犯人が誰なのか大体予想がついている。


「...あいつだ」


あの桐生響とかいうイカれた女だ。


あいつは俺たち以上に衣珠季に殺意を抱いていた。


結局あの女にとっては俺も彩華もただの道具だったということだ。


もう使う必要のない道具は処分される。


間違いなく次に殺されるのは俺だ。


「あいつには住所を教えてないはず。だから大丈夫だ...!」


と、そんなわけないのに現実逃避している。


「嫌だ...死にたくない...死んでたまるか!!!」


一人ただ肩を震わせながら情けなく涙を流している。


まさか死が身近になることがこんな怖いことだとは思わなかった。


衣珠季によって噂を広められた時は本当に自殺しようと思っていた。


彩華に心中を持ち掛けられたこともあった。


だが俺は衣珠季に何か復讐したいという気持ちがあるからという理由で死を避けてきた。


ただ、本当は


「本当は...死ぬのが怖かっただけなんだ」


俺に死ぬ勇気なんてあるはずがない。


いや、大前提として死ぬ覚悟がある人間なんて存在しない。


「...なんで、いつから俺の人生は狂った...!?」


そんなの考えるまでもない。


衣珠季と付き合いながらも彩華と浮気をしてしまった時だ。


最初はただあの遊び心だった。


ただ、その遊び心が次第にエスカレートしていって、体の関係まで発展した。


肉体関係をもっても大したことじゃないだろと思っていた。


ただ彩華は違った。


肉体関係をもったことで本当に俺に恋をしてしまったんだ。


その時はまだ衣珠季に好意があったから彩華と付き合おうとはしなかった。


ただだんだん彩華のアプローチが激しくなってきた。


ちょうどその時俺は学校のことで忙しくて衣珠季とあまり会えていなかった。


そのこともあって、俺は自分に対して激しいアプローチを続ける彩華に特別な想いを抱いてしまった。


そこからはもう浮気と言われても何も否定できない関係にまでなった。


ある日学校に彩華と一緒に登校していると運の悪いことに衣珠季と鉢合わせてしまったんだ。


衣珠季は俺たちを激しく問い詰めてきた。


ただ俺は気づいてしまった。


激しく叱責する衣珠季の瞳には何も映っていないと。


そのことが無性にムカついた俺はつい心にも思っていないことを言ってしまった。


「...結局全部俺が悪いな」


こうして振り返ってみると意外とすっきりした。


それもそのはず、すべて俺がクズ野郎だったという一言で片づけられる話だったのだから。


「...クズ野郎にはそれ相応の罰があって当たり前か」


その罰が死なのだろう。


ならばその罰を受けなければならない。


「......」


でもなぜだ。


なぜ俺は死を恐れている?


苦痛的な意味で恐怖するのは当たり前だ。


だが何か苦痛以外の要因がある気がする。


「...まさか、未練があるのか?」


もう未練は何もないはずだ。


彩華も死んでしまったし、衣珠季に対してはすべての元凶が俺だったということで話がついたはずだ。


なのにまだ何の未練がある...?


「...いや、一つだけある」


そう、冷静に考えると一つだけまだやり残したことがある。


それは...


インターホンの音がする。


今日は親は仕事でいない。


カメラを見てみると


「!?」


そこにはレインコートを着た女が立って居た。


...ああ、この女が誰なのかは当然知っている。


そして理解した。


やっぱり俺に罰を与える役目はお前にしか務まらないと。


俺は何の躊躇もなく玄関のドアを開ける。


「......」


「......」


お互い何も言わない。


だが、突然女が玄関のドアを閉めると俺に馬乗りになってきた。


「グッ!」


背中を床に打った痛みが広がっている。


女の手には何か刃物のようなものがある。


「......」


「......」


また沈黙が訪れる。


ああ、言わないと。


桐生響に復讐を持ち掛けられた時も、本当は自分自身復讐なんてしたくなかった。


ただ一言、言わなければならないことがあった。


その言うべきことから逃げるために復讐という選択をしたんだ。


そう。それが俺の未練。


今、俺に馬乗りになっている”かつての幼馴染”に言わなくてはならないことがある。


「...すまなかった、衣珠季」


「......」


ああ、やっと言えた。


これでもう未練なんてない。


後は痛みを怖がんないだけだ。


俺は目をつむる。


すると


「いいよ、許してあげるタツ君」


そんなささやき声が聴こえたのと同時に、腹部に衝撃が走った。

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