妹の決心

「すまない、待たせたか?」


「いえ、私から無理に誘ったのですからお気遣いなく」


指定された喫茶店に入るともう心春ちゃんは席についていた。


「それで...響が家に帰ってないんだって?」


「はい、夏休みが始まってすぐに行方不明になりました」


「行方不明ってことは捜索届はもう出したのかな?」


「はい、すぐに警察署に提出したんですけど...ただの家出という扱いになってしまっています」


つまり警察は捜索のやる気がないということか。


「それで...都斗さんなら何か知ってるんじゃないかなと思って」


「......」


確かに最後に響に会ったのは俺だ。


だが、そこまでの経緯を心春ちゃんに説明していいのだろうか。


響がしたことを伝えたらひどく傷ついてしまいそうだ。


「都斗さん、どんなことでも受け止める覚悟はあります...」


目の前には真剣な瞳で俺を見つめてくる心春ちゃん。


その思いに答えないわけにはいかないな。


「分かった。心春ちゃんの覚悟は伝わったよ。話す」


そこから俺は響ではなく衣珠季を選んだこと、響が衣珠季の元カレを使って衣珠季に復讐しようとしたこと、千宮司先輩を使って衣珠季を意識不明にさせたこと。


全てを話終わると心春ちゃんの目から涙が流れ始めた。


「まさか...そんなことをお姉ちゃん...姉さんがしてたなんて...」


心春ちゃんの気持ちは凄いよくわかる。


自分の姉のとんでもない所業を聞かされた時の気持ちは痛いほど想像できる。


「ごめんなさい...本当にごめんなさい...!!」


「顔を上げて心春ちゃん。心春ちゃんが悪いわけじゃないよ。響も衣珠季も誰も悪くない。自然とこんな状況になっちゃっただけだ」


いや、それは嘘だ。


誰が原因かと問われたら間違いなく俺というのが正答だろう。


俺は衣珠季に夢中で響の気持ちと自分の気持ちに向き合えなかった。


そのつけが回ってきたということだ。


「今の...今の都斗さんの話を聞いて決心しました。私は何としてでも姉さんを見つけないといけません」


涙が収まり、さっきと同じよう、いや、さっき以上の覚悟がこもった目で言う。


「都斗さんの話だと、姉さんはまだ罪を重ねるつもりなんですよね」


「...そうだ」


「私はこれ以上姉さんに罪を重ねてほしくないんです」


とてもじゃないがこれで終わりとは思えない。


それに響は衣珠季を拉致してる可能性がある。


だとしたら一刻も早く見つけなければならない。


最悪の事態になる前に。


「私、実は姉さんとあまり仲が良くなかったんです」


「え?」


それは初耳だ。


中学生の時は一緒に三人で遊んだこともしょっちゅうあった。


その時の二人はとても仲がよさそうに見えたが。


「姉さんは高校に入ってから私に強く当たるようになったんです」


「高校に入ってから?」


高校に入学してからの響は中学の時と何も変わっていなかった気がするが。


「多分その原因は高校受験の失敗でしょう」


「......」


おそらく心春ちゃんは響が俺と一緒の高校に進むためにわざと受験を失敗したことに気づいていたのだろう。


「お母さんは教育ママですから、姉さんがまさか落ちるわけないだろうと思っていたんです。でも、結果は受験生の中で最下位だった」


最下位ということは白紙で出したのだろう。


「一時期お母さんはこれを姉さんの裏切りと思い込み、姉さんと私の扱いを露骨に変えました」


あの家族仲が良かった桐生家でそんなことがあったとは...



「でも、お母さんはすぐに考えを改め、姉さんとの間を修復しようとしましたが...姉さんはお母さんを完全に拒絶しました」


それはそうだろう。


子供にとって兄弟あるいは姉妹の中で差別的な扱いを受けたという事実は胸に残る。


「優遇されていた私にも姉さんはどんどん冷たくなりましたが...」


「そのあとに何かあったのか?」


「姉さんが明善高校から正徳高校に転校することが決まってから、お母さんや私に対して明るく接するようになったんです」


転校が原因で明るくなった?


「ただその明るさは中学生の時と違い...顔は笑顔なんですけど目が虚無を見ているというか」


今の心春ちゃんの話を聞いて分かった。


桐生家をそんな状態にさせたのは間違いなく俺だと。


「...ちくしょう」


ただただ自分に腹が立ってくる。


元凶となったのは今まで響と真剣に向き合えなかった弱い自分だということに。


「...心春ちゃん」


「はい」


「響は俺が責任をもって必ず連れ戻すよ...!」


それだけじゃない。


「中学生の頃の響に必ず戻すよ」


「......」


その言葉を聞きまた心春ちゃんの目のはうっすらと涙が浮かぶ。


「はい...よろしくお願いします...都斗さん...!」


頭を下げる心春ちゃん。


「私も協力させてもらいます...!」


...本当に心春ちゃんは勇敢な子だ。


姉の罪に目を背けるどころか立ち向かおうとしている。


とてもじゃないが俺には真似できない行為だ。


俺も覚悟を決め、心春ちゃんと握手をした。

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