関係の亀裂

「...う...あ」


意識が戻ってくる。


「い、衣珠季...」


衣珠季の名を呼んで体を起こすがまだ目の前はぼやけていた。


「...ぐっ」


まだ腹にははっきりと痛みが残っていた。


痛みのおかげで完全に意識が覚醒する。


「...い、衣珠季、どこだ...」


視覚が回復すると、衣珠季がバケツのなかに顔を突っ込んで動かなくなっているのが見えた。


おそらく水責めをされていたのだろう。


「なっ!?...おい、衣珠季!!」


急いで衣珠季の体をバケツから遠ざける。


「グッ」


走った負荷でまた腹の痛みが広がった。


完全に意識を失っているようだ。


もしかして死


「死んではいないよ」


ドアの方から声がしたのでその方向を見ると、千宮司先輩が立っているのが見える。


「せ、千宮司先輩...!」


先ほど千宮司先輩に溝を殴られて意識を失ったので身構える。


それに衣珠季に水責めをしたのも千宮司先輩だと理解する。


「...前までは仲が良い先輩後輩の関係だったのに...」


千宮司先輩が少し寂しそうに呟く。


「千宮司先輩...なんでこんなことを」


「...君には前に妹がいるって話はしたね」


「ええ、確か衣珠季の転校前の学校で響の転校先である正徳高校に通っていて...不登校になったとか...」


「そうだ。そのとおりだ」


妹の話が今の状況とどうつながる。


「つい先日、妹が不登校だった理由を話してくれてね」


「?」


「なんでも、夜桜衣珠季というクラスメイトにあることないこと掲示板に書かれたからって言ったんだよ」


「え?」


確かその話は俺も衣珠季の口から直接聞いたことがある。


ってことは...千宮司先輩の妹が衣珠季の幼馴染の浮気相手だったってことか。


「夜桜君は最初私の名前を聞いた時に気づいたはずなんだ。私が彩華の姉だということを。でもそのことをずっと黙っていた」


「...つまり、妹を不登校にした報復ってわけですか?」


「....そういうことだ」


千宮司先輩にはまだ怒りが残っているようだ。


だが、衣珠季が悪いとは俺にはどうしても思えすない。


千宮司先輩の妹である彩華も絶対にあの幼馴染と衣珠季が付き合っていたことを知っていたはずだ。


にもかかわらず、その幼馴染を奪って衣珠季のことを馬鹿にした。


報復されて当然だ。


このことを千宮司先輩は知っているのだろうか。


「それと君にも訊きたいことがあったんだ」


「俺に訊きたいこと?」


「単刀直入に訊こう、なぜ桐生君を選ばなかったんだ?」


「......」


まさかそのことを訊かれるとは思わなかった。


「私は君と桐生君の仲をこの高校では誰よりもよく見てきたつもりだよ」


確かに俺と響と千宮司先輩の三人で何か作業したりすることが多かった。


「桐生君は確実に君に好意を寄せていた。それに君も桐生君を少なからず恋愛対象として見てきたんじゃないか?」


図星だ。正直そこまで千宮司先輩にはお見通しだったとは。


「なのになぜ桐生君じゃなくて出会って間もない夜桜君を選んだんだ?」


千宮司先輩に訊かれたことを自問自答する。


答えはすでに分かっている。


「...俺が衣珠季を暗い過去から救うと決めたからです」


「...過去から救う?」


「ええ。千宮司先輩はなぜ自分の妹に対して衣珠季がひどい仕打ちをしたか分かりますか?」


「...いや、妹はそんなこと言ってなかった」


「そうですか」


思った通りだ。


「ここからは衣珠季の個人にかかわることなので、詳細は伝えられませんが少なくとも千宮司先輩の妹さんは衣珠季の暗い過去にかかわっています」


「...つまり、私の妹がなにか夜桜君を傷つけるようなことをしたと...?」


「そうです。そして衣珠季はまだその過去に囚われています。俺はそんな彼女を救ってやりたい」


「......」


千宮司先輩は黙っている。


ただ納得は全然していないようだ。


「...それは少し思い上がりなんじゃないか?」


「は?思い上がり?」


「いや、何でもない。しかし残念だよ月城君」


「...何がですか?」


「本来これからも君とは仲が良い関係を保っていきたいと思っていたが、どうやらそういうわけにもいかないらしい」


生徒会室から出ようとする千宮司先輩。


最後にもう一度だけこちらを振り返り。


「どうやら君とはこれからは敵対しないといけないらしい。敵には私は容赦などしない」


俺のことを完全に敵だと認識している目をしていた。


その目が怖くて固まっていると、今度こそ千宮司先輩は生徒会室から出て行った。


今の腹の痛みだと、到底追いかけるなんてできない。


「そ、そうだ。まずは救急者を呼ばなくては」


気を失っている衣珠季を見て、慌ててスマホを出すと。


「そうはさせないよ都斗君」


後ろから声を掛けられ、振り返るのと同時に


「...ぐっ!」


首に凄い電力が走ったのを感じた。

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