怒り
「都斗」
響が去ってからしばらく放心状態だったが名前を呼ばれて顔を上げる。
「衣珠季」
目の前には憎悪の目で俺を見下ろす衣珠季がいた。
「響ちゃんは?」
殺気を含んだ声で問いただしてきた。
「響はもういない。どこかに行った」
「そうなんだ」
俺はいつまでも寝そべっているわけにもいかず体を起こす。
「なに勝手に起き上がっているの?」
「え?」
俺が応答する前に俺の体を押してきた。
思いのほか衣珠季の力が強かったため倒れてしまう。
「衣珠季、いったいなにを」
「黙って」
言葉を発するのを許さない言い方だ。
「さっきあの女に口をむさぼられていたよね?」
「...ああ」
「なんで抵抗しなかったの?」
「それは...」
俺自身抵抗しなかったわけではない。
抵抗しようと体を動かそうとしたがびくともしなかった。
確かに俺を押さえつける響の力が強かったのもあるだろう。
ただ、もしかしたら俺の本能が響を受け入れて体を動かすことを拒否したのではないか?
「もしかして...あの女に興奮した?」
「...っ」
まるで噓発見器をつけられているみたいに緊張が走る。
「ふーん、欲情したんだ。あの女に」
「衣珠季、それは...ん!!」
衣珠季が俺の口をふさぐ。
響と同じように舌を侵入させてきて口の中をむさぼってきた。
「ぷはっ...不味い、あの女の唾液の味がする」
「......」
俺は固まったままだ。
もしかしてまた興奮してるのか?
いや、そういうわけでもなさそうだ。
「ねぇ、なんで興奮してないの?」
衣珠季に訊かれてようやく気づいた。
俺は衣珠季に恐怖を抱いているのだ。
「...何その目」
また憎しみを込めた口調で衣珠季が言葉を発する。
「...もしかして私が怖い?」
「...あ」
「おい、答えろよ」
「...こ、こわい」
つい本音を漏らしてしまう。
「へぇ~怖いんだ」
口角を上げる衣珠季。
「フフフフフフッ」
とてもおかしそうに衣珠季が笑う。
「都斗、確か前に私を冷酷な女じゃないって言ってくれたよね?」
「ああ...」
忘れるはずがない。
「でも実は私はそれでも自分が冷酷な女ではないかとずっと不安だったの」
それはそうだろう。
俺の一言で救われるほど衣珠季の過去は綺麗ではない。
不安に駆られるのも仕方ないことだ。
「でもたった今私は全然冷酷な女じゃないって証明されたよ!」
衣珠季が心底嬉しそうに言う。
「今?」
この状況のどこに冷酷じゃないと証明できるものがあるんだ?
「だってね、今都斗に怖いって言われて...とっても怒りがわいてきてるんだから!!!」
「っ!?」
そう怒号を上げる衣珠季の目は憎しみの影響で充血していた。
「私を依存させるようなセリフを言って、ちょっと恋人らしいことやったら怖いだって?...ふざけるなぁぁぁぁぁ!」
叫び声をあげたかと思うと容赦なく腹を殴ってきた。
「ぐふっ!」
「なんで、なんで怖いとか言うの!?」
痛みでしゃべれない。
「あの時私を肯定してくれるって言ったよね?なのになんで私のことを怯えるような瞳で見るんだよ!」
衣珠季が今度は顔面目掛けて拳を振り上げるのを見た。
振り下ろすのと同時に、激しい痛みとともに気を失った。
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