千宮司の事情

「失礼します」


一応ノックをしてから入る。


「やぁ、待っていたよ」


目の前には千宮司先輩が座っている。


俺は放課後生徒会室に呼び出されたため衣珠季のことは湖三に任せてきた。


「まぁ君もとりあえず座ってくれ」


千宮司先輩と向き合うような形で椅子に座る。


「話は聞いたよ。桐生君が転校するんだってね」


「ええ、俺も今日の朝知りました」


湖三に励まされたため、朝のように落ち込んだりはしない。

だが、千宮司先輩にこのことを話すと何故かまた響の存在が恋しくなる。


「しかも、転校先があの名門の正徳高校なんだってね。彼女は大丈夫なのか?」


「...響は先輩が思っている以上に頭がいいです。明善高校に入学したのも何かの手違いだったんでしょう」


流石に俺のために入学したとは言えない。


「確か君は桐生君と中学のころからの友達だったんだね」


「ええ」


「中学の時も彼女はこんな風に率先して生徒会に入ったりしたのか?」


「いえ、中学校の響はもっと控えめな子でした。だけど、高校に入ってからは積極的な性格になりました」


「そうか...」


いつもみたいな上から目線な雰囲気は感じない。


先輩も響がいないことに寂しいと感じてくれているのだろう


「そういえば君には私の家族のことを話したことはなかったね」


家族のことを語り合えるぐらいの仲になった覚えはないが。


「私には一つ年が離れた妹がいるんだがね、あの子も正徳高校に通っていたんだ」


奇妙な偶然だ。


「なんで”通っていた”って疑問形なんですか?まさか退学...?」


「いや、退学というわけじゃない。入学してから二か月がたったぐらいの時から急に不登校になってしまってね」


「不登校?」


「ああ、原因はおそらくいじめだろう。一回妹のスマホを除いたことがあるんだが、クラスメイトからの罵倒メッセージが何通も届いていたよ」


あんな名門高校でもいじめは起こるのか。


俺の勝手な偏見だったが、偏差値は高ければ高いほどいじめなどは起きにくいと思っていたが。


「ただいじめが起こった原因が分からないんだ。私はいじめは加害者が全面的に悪いとは思うんだが、原因は被害者にもあると思っている」


最近ではよくいじめられる方も悪いという理論が出てきているが、たとえどんな原因があったとしてもいじめを行っていい理由にはならない。


ただ、いじめが起こってしまったからには解決するしかなく、その解決方法はいじめの原因を見つけないと何も始められない。


「私も親も何回も問いただしたんだけどね、妹は一向に口を開いてくれないんだよね」


「...そうですか」


この千宮司先輩の妹がいじめられているなんて想像できない。


「結果、親は完全に妹を切り捨てる道を選び、今じゃ妹は完全に引きこもりだ」


「でも、その口ぶりからすると千宮司先輩は諦めていないんですね」


「ああ。私はどんな状況でも一番最初に切り捨てるという選択を取るのは愚かだと思うんだ。常に切り捨てるという選択肢は最後の手段として取っておかなければならない。

それにあの子は私のたった一人だけの大切な妹だ。切り捨てられるわけがない」


今まで俺は千宮司先輩のことを誤解していたかもしれない。


てっきり家族にも冷たい血も涙もない先輩だと思っていたが、しっかりと自分の身内を大切に想っている。


それに、先輩が切り捨てるという考え方を嫌悪しているのも驚きだ。


千宮司先輩が一番そう言う考え方をしてそうだったが


「...月城君。今何か失礼なこと考えていたかな?」


「いや、何でもないです」


相変わらず人の心を読むのが上手い人だ。


「ただ本当に桐生君のことは残念だよ。結局私は何一つ先輩として何もしてやれなかった」


「それは俺も同じです」


俺も結局響に頼ってばかりで何一つ響にしてやれたことはなかった。


「すまない。少々時間を取らしてしまったね。話はこれで終わりだ。夜桜君が待っているんだろ?」


「いや、衣珠季には今日は先に帰ってもらいました」


「そうか....」


先輩は何か言いたそうにしているが、勇気がないらしい。


「...今日は珍しく一緒に帰りますか?」


「え、で、でもいいのかい?彼女以外の女子と一緒に帰ったりしたて」


「衣珠季はそんなに嫉妬深くないですよ」


いや、もしかしなくても十分嫉妬深い方だと思うが。


「分かったよ」


そうして俺と千宮司先輩は生徒会室を出て、一緒に校門まで行く。


「先輩の最寄りは何駅なんですか?」


「私は東南駅だよ」


衣珠季と同じとは言えなかった。


「そういえばまだ話していなかったことがあったが」


「はい?」


「君は明善高校の理事長の名前を知っているだろうか?」


「理事長?いや、訊いたことないですね」


千宮司腹蔵せんぐうじふくぞうって言うんだ」


「へぇ~千宮司腹蔵せんぐうじふくぞう...え?千宮司?」


「そう、私の祖父だよ」


なるほど。そうすれば合点がいく。


千宮司先輩も正徳高校に余裕で入れるぐらいの学力もあるはずだ。


それでも明善高校に入学したのはただ単に祖父が理事長だったっていうことか。


「...私が明善高校以外に合格できないレベルだとでも思っていたのかな?」


どうやらいつもの千宮司先輩に戻ったようだ。


でも腹蔵さん。こんな孫に自分が建てた高校を任せていいんですか?

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